第三十七章 トンの町 4.北の森
さて、バランド師匠の店を出ても、まだやっと昼過ぎだ。ログアウトするには早過ぎるけど、受けた依頼は皆明日以降だからなぁ……。ケインさんたちは一刻も早くスティンガーバグの脱皮殻を見つけたいらしく、すぐにナンの町に戻るみたいだし……。
「慌ただしくてご免なさいね。本当ならもっとゆっくり錬金術の事とか教えてあげたかったんだけど……」
「済まない、シュウイ少年。私も魔法の事をもう少し教えたかったんだが……」
「気にしないで下さい。もし何か知りたい事ができたら、その時には連絡させてもらいますから」
死刑宣告者をめぐる急な展開にきりきり舞いをさせられる感じで、ケインさんたちはナンの町へ戻って行った。さて、僕はこれからどうしようか……あ、そうだ。
明日からの予定で受けた依頼に庭木の剪定っていうのがあったな。多分だけど、高枝切り鋏なんかは無いと思う。木に登らされるんじゃないかな? だったら、木登り関係のスキルはあった方が良いよね。北のフィールドの奥にオークたちが隠れていた森があったし、あそこへ行けば樹上から攻撃してくるモンスターくらいいるんじゃないかな。それを狩ってスキルのドロップを期待するのが、今のところ僕にできる唯一の手段だよね。
・・・・・・・・
木登り関係のスキルが欲しい。オークキング討伐戦では自力で登ったが、常にそれで間に合うとは限らない。明日以降の依頼をそつなく熟したいシュウイは、木登り関連のスキルを取得すべく、森の中へ分け入ったのであるが……。
「何もいない……」
仮にもキングを擁するオークの群れがそれなりの期間居座っていた場所である。モンスターの多くは既にオークによって狩り尽くされていたらしく、全く見かけない。
「ズルはできないかぁ……しかたないや。地道に木登りを鍛えよう」
覚悟を決めたシュウイは自力で木に登ろうとするが、ふと思いついて暗器であるバグ・ナクを両手にはめてみた。
「おお~、いい具合に幹に引っかかるけど……外す時にちょっとコツがいるね。でもまぁ、使えるかな」
バグ・ナクの爪を木の幹に引っかけて登って行くシュウイの耳に、小さな声が聞こえてきた。
「……ナニ……(ザッ)……か変な道具を使ってるね」
「あれって、ホビンたちと一緒にオークを追っ払ってくれた人間だよな?」
あれっと思って辺りを見回すシュウイの目に入ったのは、隣の木の枝にチョコンという感じで並んで座っている小さな生き物。リスのような顔付きでフサフサとした尻尾があるが、手はどちらかというとサルのような形だ。
「ねぇ、今話してたのは僕の事?」
話し声が理解できたのは、【聴耳頭巾】のせいだろう。だったらこっちの言う事も通じる筈だと、シュウイはその生き物に声をかける。その生き物たちは吃驚したように辺りを見回し……それから恐る恐るという感じでシュウイに話しかけてきた。
「……今、話しかけてきたのはあんたか?」
「うん。僕だよ。ちょっとした加護で、話が通じるんだ」
「へえぇぇ~……おいらたちの言葉が解る人間って、初めて見たぜ」
「あんた、何してるんだ?」
「木登りの練習だよ。あ、そうだ、折角だから木登りのコツを教えてくれない?」
駄目元でシュウイが言ったお願いに、その生き物たちは気前良く頷いてくれた。
「あぁ、良いぜ。何たってあんたはオークたちを追っ払ってくれたしな」
「あのオークたち、何か悪さをしてたんだ?」
「あぁ、何かあれば木を叩いて揺さぶるし、草の実は根刮ぎ食い荒らすし、鳥の巣を襲って雛や卵を奪うし、森の中で火をぶっ放して山火事を起こしかけるし……碌でもない連中だったからな」
うわぁ……。同じ事をプレイヤーもやりそうだなぁ……。
「ご免ね。人間にもそんな事をしそうなのがいるよ」
「いやぁ、ここまで入って来る人間はほとんどいないし、偶に来る人間はその辺りの事を弁えてるしな」
あ……住民の人たちは、ちゃんと森との付き合い方を弁えてるんだね。
「だから気にすんなよ。とりあえず、木の裏っ側にある瘤に足を引っかけて」
「裏っ側?」
「そうそう。少し身体をずらして裏に回って……そこ」
「あ……あった、これかぁ」
「どこに手掛かりがあるのか、登る前に確かめとけよ」
「あと、時間をかけ過ぎ。爪に体重をかけるのは一瞬だけにして、一気に駆け登る」
「人間には難しいよ、それ……」
「あ、その枝は枯れてるから折れるぞ」
「え? これ? ……あ、本当だ」
「枯れ枝と活き枝の区別くらいつかないのか?」
その生き物たち――ツリーフェットというらしい――は、少しだけ呆れたように、それでも丁寧に枯れ枝の見分け方から始まる木登りのコツを教えてくれた。
・・・・・・・・
「ふぅ……何か少しだけ木登りが解った気がするよ……」
「ま、あれだけやれりゃ、人間には上等だろ」
「木の種類によっては折れ易いのもあるから、気をつけろよ」
「ありがとう。あ、そうだ」
何かお礼をしなくちゃと考えているうちに、錬金術の練習で作ったドライフルーツの事を思い出した。
「こんなものしか無いけど……口に合うかな?」
「ん? 干した果物か?」
「へぇ……こりゃ結構イケるじゃないか」
「あ、気に入ってくれた? 本当はもっと美味しい筈なんだけど、まだ僕には上手く作れないから……ご免ね」
「え? これで充分美味いぜ?」
「うん。瑞々しいのもそれはそれで美味いけど、身体が重たくなるんだよな」
「干したやつは味が濃くなるしな。おいらはこっちの方が好きだな」
「あ、だったら好きなだけ持ってって良いよ」
「マジかよ。人間、気前が良いな」
「こりゃ、村のみんなも喜ぶぞ」
失敗作なのに……何か申し訳無い気がしてきたよ……。
「本当にご免。もっと上達して美味しくできたら、その時はまた持って来るよ……まだ修行中の身だから、いつになるか判らないけど」
ドライフルーツの量が、二人が運ぶには少し持て余しそうだったので、村の近くまで僕が持って行く事になった。あ、あくまでも「近く」までね。見知らぬ人間を村に案内するなんてあり得ないからね。
「あ、ここらで良いわ。その岩の上にでも置いといてくれ」
「うん、ここだね。切り分ける必要は無い?」
「あぁ、それはおいらたちの方でやるわ」
ここはツリーフェットたちの作業場なのかな? 辺りに色々らばってるのは木の実の殻みたいだ。うん、いくらか芽生えもあるね。
「あ……そうだ。あんた、ちょっと頼まれちゃくれないか?」
「うん、何?」
ツリーフェットたちに案内されて来た場所には、何かの芽生えが生えていた。
「これ、ズートの芽生えなんだけどな、どういう訳かこんな所で芽を出しちまって、このままじゃ育たずに枯れちまうんだよ」
「よかったらどっかへ持って行ってくれないか?」
「え? どういう事?」
話を聞くと、どうもこのズートの木というのは大型動物に果実を食べさせて、糞とともに排出された種子が発芽する、いわゆる被食撒布型の植物らしい。しかも陽樹らしく、森の中で芽吹いたものは日光が足りずに育たず、草原で芽吹いたものだけが大きく育つのだという。この芽生えは偶々森林内で発芽して、このままでは枯れるのを気にしていたみたいだね。
「この実、結構美味いしさぁ、できたら生き延びて欲しいんだよ」
「運ぶのは構わないけど、上手く植えられるかどうか判らないよ? 第一、どこに植えたら良いの?」
「このままここに生えてたら、確実に枯れるしな。どこでも好きな所に連れてってくれよ」
「何だったら、人間の町でも良いぜ」
あ……そう言えば、明日庭師の人に会うんだよね。話しかけるネタにはなるかな。
「うん。だったら持って行くよ」
採集用のナイフをそっと根の周りにさし込むと、あまり苦労せずに掘り起こす事ができた。
「それじゃあ、この子は預かっていくよ」
「あぁ……また来てくれよな。あんた、名前は何てんだ?」
「シュウイだよ。呼びにくかったらシュウでもシュイでも好きに呼んで良いよ」
「そっか……おいらはボックルってんだ」
「おいらはトックル。憶えておけよ」
ツリーフェットの台詞が終わらないうちに電子音が響き、空中にウインドウが表示される。
《ツリーフェットの友誼を得ました》
《称号『ツリーフェットの友』を得ました。以後、ツリーフェットの好感度が上昇し、様々な便宜を図ってもらえるようになります》
ウィンドウに示された内容に驚きつつも、シュウイは見送ってくれるボックルとトックルの二人に手を振って別れを告げ、トンの町へと戻って行った。
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