第三十七章 トンの町 3.バランド薬剤店
東のフィールドからトンの町に戻った僕たち――僕とケインさんたち――は、バランド師匠の店に出向いた。言うまでもなく昨日の話に出た、注射器について相談するためだ。
「注射器……のう」
「はい。昨日ケインさんたちとも相談したんですが、やっぱり血小板は血液中に直接入れる必要があるんじゃないかって話になったんです。実験する訳にもいきませんからぶっつけ本番なんですけど、とりあえず準備だけはしておきたいなと」
「体内に直接薬を入れるか……ちょっと待っとれ」
師匠は店の奥に入ると何かゴソゴソと探していたけど、やがて小箱を持って戻って来た。
「これは使えぬかの?」
師匠が出して見せたのは、紛れもなく注射器……だと思ったんだけど……
「いや、これは吸血器じゃ」
「「「「「「吸血器!?」」」」」」
思わず唱和した僕たちはおかしくないと思う。
「血に毒が入り込んだり、血の気が多過ぎたりした時に、血を抜き取るための道具じゃよ。最近はあまり使わんようになったがの」
「これは、纏まった数が入手できますか?」
あ、ケインさんが食い付いた。……無理もないか。
「そうじゃのう……儂のこれも無くては困るし……他の薬師も予備は持っておるまい。そう店頭に置いておる品でもなかろうし……入手となると新たに発注するしかないじゃろうが……どうするかの? そこそこ値が張るぞ?」
値段を聞いたケインさんは、躊躇いもせずに十個、それと針だけを三十本注文していたけど、師匠は顔をしかめていた。
「針の細工は手間がかかるでのう……それだけの数ともなると、できあがるのはいつになるやら……」
「とりあえず注射……吸血器十本を先にお願いします。交換用の針はできた分から順次、という事でどうでしょうか?」
「ふむ……」
師匠は何か考えているみたいだけど……何か代案があるのかな?
「急ぐというなら、スティンガーバグの針を探してみてはどうじゃ?」
「スティンガーバグ?」
師匠によるとスティンガーバグとは、ナンの町の先にある森にいる子供くらいの大きさのモンスターで、危険を感じると毒針を飛ばし、その隙に逃げるのだという。
「そいつを狩ってくりゃいいんですかい?」
「いや……狩ったものも使えなくはないが……一番いいのは脱皮殻じゃな」
丁度今頃は脱皮の時期で、木の幹の少し高い位置に脱皮殻があるらしい。それを持ち帰って加工すれば、耐久性にやや難があるけど使い捨てなら充分らしい。
「加工はどうすれば?」
「ギルドに訊けば職人を教えてくれる筈じゃが? それと、魔道具を扱っておる店にも、偶に出物があるようじゃな」
結局、ケインさんたちは相談の上、交換用の針を十本に減らして発注をお願いするみたいだ。自分たちでスティンガーバグの脱皮殻を探すらしい。
「シュウが来てくれりゃ手っ取り早いんだがな」
「無理言わないの」
「済みません……明日からしばらく依頼を熟さなきゃならないんで……」
「あら、仕事?」
「あ、はい。何か昇級するのに必要らしくて」
「あ~……そういう事なら無理は言えねぇな」
「済みません……お手伝いしたいんですけど……」
「大丈夫。どうしても見つからない場合には、お願いするかもしれないけどね」
「はい」