第三十七章 トンの町 2.東のフィールド
依頼の内容を確認して依頼人の住所や条件などを教えてもらっていると丁度良い時間になったので、東の門を出てフィールドに向かう。ケインさんたちと待ち合わせだ。オークの火魔法とかを見せて、アドバイスを貰わなきゃならないからね。
「お待たせしました、ケインさん」
「やぁ、シュウイ少年。昨日はダニエルに良い話を聞かせてくれたようで、礼を言うよ」
「あ、死刑宣告者の事ならただの思いつきですから、実際に使えるかどうか判りませんよ?」
「いや、アイデアがあるっていうだけでありがたいからね?」
「ま、その話は後にしようや」
「そうだな。折角だから、少年が得たというオークの火魔法がモンスターにどれほど効果があるか見せてもらおうと思ってここへ誘ったんだが……構わなかったか?」
「……ケイン……それ、今になって訊く事じゃないわよ……」
「オークの火魔法って聞いて舞い上がってたんだろうが……」
「……す、済まん……」
「あ、僕は構いませんけど……通じるかどうかは怪しいですよ?」
「あ、あぁ、見せてもらえさえすれば、私としては問題無い」
「はい。じゃあ、獲物を探してみますね」
(「おい……『獲物』って言い切ったぞ」)
(「東のフィールドの魔物も問題無く狩ってるみたいだねぇ……」)
何か後ろの方で話してるみたいだけど……まぁ、僕には関係無いよね?
「ケインさん、何かいるみたいです……スラストボアかな?」
まだ、こっちには気付いていないね。
「仕掛けますか?」
「そうだな……シュウイ少年さえ良ければ見せてくれ。あぁ、それと、見せてくれるのはファイアーボール、あと、構わなければロックバレットを見せてくれ」
「あ、それだけで良いんですか?」
「あのね、シュウ君。本来なら魔法スキルなんてホイホイ見せるようなもんじゃないのよ?」
「今回はケインの食い付きが凄かったし、実際に重要な問題含みだったからお願いしたけど、本来なら断るのが普通だからね」
「あ、僕の場合アドバイスを戴けるメリットの方が大きいので、お構い無く。それじゃ……始めますね」
まだ気が付いていないようなので、隠密系スキルを重ね掛けしてそろそろと接近する。充分に射程内に入ったところで、【火魔法(オーク)】のファイアーボールを発動する。
……え? 【火魔法】ってこんなもんなの? 全然MPが減ってる感じがしないんだけど……。
離れた位置から【火魔法(オーク)】のファイアーボールを見ていた「黙示録」の面々は息を呑んでいた。確かにファイアーボールとしては小さく、その分威力も低めだが……何と言っても弾数が半端じゃない。毎秒十発程度という連射速度で発射されるファイアーボールは、さながらバルカン砲のようなものだ。スラストボアの皮膚は硬いためか、致命的なダメージは入っていないようだったが……それでも戦意を挫くには充分過ぎた。
回れ右して蹌踉めきながら逃げ出そうとしたスラストボアであったが、今回は相手が悪過ぎた。十発のファイアーボールが精密狙撃よろしく肛門付近に集束して着弾し……断末魔の悲鳴と共にスラストボアは光に変わった。
「うわぁ……」
「シュウのやつ、スラストボアのカマ掘りやがった……」
「ちょ、ちょっとダニエル、少しは言い方ってものを考えなさいよ」
「あぁ? えげつねぇのは俺の台詞じゃなくて、坊主の魔法だろうが。少なくとも、俺はああいう死に方はしたくねぇぞ」
「それはそうだけど……」
「弾幕射撃も凄まじかったが……狙撃の精度も半端じゃないな……」
「確かに……あれ? 精密操作はホビンの魔法の特長じゃなかったか?」
「いや……しかし実際に精密狙撃をやってのけたじゃないか?」
「どうです? 参考になりましたか?」
一同が狙撃精度について議論を始めようとしたところへ、狩りを終えたシュウイが戻って来た。
「あ、あぁ。思っていた以上に凄いものだな。特に最後の狙撃は……」
「あ~……やっぱりオークの魔法は狙いが粗いですよね」
残念そうな表情で物議を醸す発言をしてのけるシュウイ。
「粗いの!?」
「あれで!?」
「着弾範囲が凄く狭いように思えたけど……」
「いえ、全弾肛門を狙ったんですけど……当たりませんでした」
「いや……一発一発狙って撃つのならともかく、連射であれだけ狭い範囲に纏めるのは、普通に至難の業だからね?」
「あ、それは多分【狙撃】っていうスキルのせいじゃないかと」
「お!? シュウは【狙撃】持ちか?」
「はい。クロスボウを使っていたら拾っていました」
「あぁ、成る程……【狙撃】持ちならあの命中精度も納得がいくな」
「そう言えば……シュウ君、投石紐も使ってるのよね……」
「待て……てぇ事は……ホビンの土魔法なんかだと、もっと命中率が上がんのか?」
その後、モノコーンベアをロックバレットの集束狙撃で斃して見せたシュウイであったが……
「う~ん……やっぱり一発一発の威力が弱いですね。弾幕張って牽制に使うのが最善かな?」
「……モノコーンベアを斃せるロックバレットが弱いかどうかには異論が出ると思うけど……弾幕射撃が有効なのは確かだね」
「そうね。単なる威力だけなら他にも使える者はいるけど、あの弾幕を張れるのはシュウ君だけでしょうね」
「逆に言えば、それだけ人目を集め易いとも言える」
ケインの指摘に考え込む一同。確かに、シュウイのスキルの事を考えると、余計な注目は浴びない方が良い。
「シュウ、人前で弾幕張るのはやめとけ」
「集束率も落とした方が良いね」
「狙いを粗くして、フルオートでなく三点バースト、ですね」
「……マニアックな表現だけど、概ねそうだね」
溜息を吐いて項垂れるシュウイ。
「何だか僕、日蔭者一直線のような……」
声をかけづらい「黙示録」一同であったが、腹を括ったようにダニエルが声をかける。
「ま、自分で妙なスキルを使う事に決めたんだ。踏ん張るしか無ぇな」
「……そうですね。頑張ります」
「ねぇ……何とか説明は付かないの?」
「……駄目だな。仮に弾幕の方は説明できても、あれだけの弾幕を張れるくせに上級の魔法を取っていないのは不自然だ」
「そういうスキルだって言えば……」
「そのスキルを教えろって言われるだけだな」
諦めムードが漂いだした頃、それまで黙っていたヨハネが口を開く。
「思うに……シュウイ君はダニエルの指導を受けるべきだ」
「俺の?」
「あぁ。火魔法は牽制に特化して育てたと言えば、まだしも説明し易いと思う」
黙り込んでヨハネの提案を検討する一同。根本的な解決にはならないにせよ、カバーストーリーとしては悪くないように思える。
「そうね……。実際にダニエルの使い方の方が参考になるでしょうしね」
「確か、発動コストが軽いとか言ってたな」
「あ、はい。MPは少ししか減りませんでした」
「羨ましい話だ……」
「威力減と相殺ですよ?」
「むぅ……それもそうか」
「ま、俺のやり方が参考になるってんなら教えてやらぁ」
こうして、トップパーティである「黙示録」の壁役から、牽制用の火魔法の技術を教わるシュウイであった。
・・・・・・・・
運営管理室では疲れたような表情のスタッフが、それでも「黙示録」の言動に賞賛の声を送っていた。
「あの弾幕を見た時には肝が冷えたが……」
「『黙示録』の連中が常識人で助かりましたね」
「全くだ……お蔭でこっちへのとばっちりは抑えられそうな気配だしな」
「あの弾幕が公開されてたら、チートだのなんだのって苦情や質問が殺到したでしょうねぇ……」
「黙示録」のファインプレーに感謝を捧げる運営管理室の面々であった。