第三十六章 動物園(日曜日) 2.後半
聞き覚えのある、しかしこの場で聞くとは思わなかった声を聞いて思わず振り返った蒐一の目に、どことなく見覚えのある二人の姿が映った。
「ダニエルさん!? ……それに、ナントさん?」
「よぉ、元気そうだなシュウ坊」
「こっちでは初対面だね」
「黙示録」の壁役ダニエルさんと雑貨店店主のナントさんが、現実の身体でそこにいた。
「それにしても……ちょいと見違えたぜ? タクマのツレだって知ってなきゃ、気付かずに通り過ぎちまったかもな」
「あ……匠とお知り合いですか?」
僕の質問には匠たちが答えてくれた。
「お久しぶりです、團さん、南戸さん」
「こんにちは」
「ご無沙汰しています」
「あれ? みんな、知り合いだったんだ?」
「以前、オフ会でちょっとな」
「まぁ、みんなほとんど顔をいじくってないから、見ただけで判ると思うけどねぇ」
「シュウ坊は結構印象が違うんで、声を聞かなきゃ気付かなかったぜ」
うん……自分の女顔には色々とコンプレックスがあるんだよ……。いや、そんな事より……
「えと……團さん? と、南戸さん? は、リアルでお知り合いだったんですか?」
「あ? 知らなかったか? 同じ大学で、元々はパーティも――あ、VRでな――組んでたんだ」
「え?」
初耳だよ。
「SROを始める段になって、この薄情者は俺たちを見捨てたんだよ」
「いや、回復役をやってたんだけど……彼らの腕が上がるにつれて暇になってね。仕方がないんでポーションや薬草、しまいには素材の管理なんかをやりだして、そこから商人の真似事を始めたんだよ」
へぇ……そうだったんだ……。
「暇潰しに動物園へ来てみたら、面白そうな話が耳に飛び込んできたってぇ訳だ」
「そうそう、面白そうな話だったよね?」
「単なる思いつきなんですけど……」
「いけそうだと思うよ。そっちの匠君だっけ? 彼も同意見のようだよ?」
「あ、そうなのか? 匠」
「まぁ……どうやって背中に乗るかってのが問題だけどな」
「え? ジメジメした沼地って言うから、鬱蒼とした森を想像したんだけど? だったら木の上から飛び降りたら良いじゃん?」
「簡単に言ってくれるよね~」
「え? 簡単だなんて言ってないよ? どっちみちレイドボス戦なんだから、大変だろうなって思ってるだけだよ?」
「蒐君は何かスキル、持ってないの?」
「残念♪ 持ってないんだよこれが」
仮に持ってても、次の町のレイドボスなんかに突っ込む訳無いじゃん。毒とか状態異常系の耐性スキルも無いのにさ。
「まぁ、やりようはあるだろうぜ」
「つか、下からの攻撃じゃほぼ斃せない事が判ってるからな」
「うん。背中に飛び乗ったら、まず脚を切り落とすのが良いと思う」
蒐一の提案に興味深そうな目を向ける一同。
「蒐、何でそう思うんだ?」
「え? だって、あの長い脚が高い位置取りと逃げ足……っていうかストライドの元凶じゃないの? 最初にそれを封じて、できたら地面に引き堕としてやれば、毒霧の範囲も狭まるし、魔法による遠距離攻撃も届くじゃん?」
「シュウ坊は、背中は硬いと見てんのか?」
「あ、だってボスとして君臨してるくらいだから、人間以外のモンスターともやり合ってると思うんですよね。背面からの攻撃にも、何か対策は持ってるんじゃないかと……傷つけたら毒液が噴出するとか」
「う~ん……」
蒐一の指摘に考え込む一同だが、問題は死刑宣告者の脚が硬い事である。
「大剣ぐらいじゃダメージが通らないからなぁ……」
「関節を狙っても駄目? あ、それかさ、導爆線とかプラスティック爆薬って無いの?」
邪気のない顔でとんでもない提案をほざく蒐一に思わず引く一同。
「いや……さすがにSRO内でもそういうのは無いからね」
「まあ、関節を狙うってのはアリかもな。今までやった事が無かったし」
「あ、そうなんですか?」
「あぁ、下から届く位置に関節が無かったからな」
「けど、攻略法のないボスを運営が配置するとも思えないから、シュウ君のアイデアはアリかもね」
「團さん、南戸さん、『黙示録』は死刑宣告者討伐に動くんですか?」
「あ? いや、さすがに未検証のアイデア一つだけじゃな」
「もう少し手札を増やしたいねぇ」
「だって、蒐君」
「蒐、何か他にアイデアは無いのか?」
「何で僕に訊くのさ? 他にって……気管を何かで塞ぐか……あ、脚に縄か何かかけて引っ張るのは?」
妙な顔をして蒐一の方を見る一同。
「気管の事はまぁ良いとして……脚を引っ張る?」
「あのね、蒐君は見た事無いかもしれないけど、死刑宣告者って凄く大きいんだからね?」
「けど、八本脚で体重を支えているんなら、一本の脚にかかる重さは八分の一じゃん? 馬か何かで引っ張ってやれば、バランスくらい崩さない? 少なくともさぁ、移動を妨げる事くらいはできるんじゃない?」
単なる思いつきでなく、案外と実現できそうな蒐一の提案に考え込む五人。地形的に馬が使えるかどうかは微妙だが、検討の価値はあるように思えてくる。
「他の連中に話してみるか……」
「俺もパーティメンバーに話してみようかな……あ、團さん、南戸さん、『黙示録』が動くんなら、俺たちもご一緒させてもらえませんか?」
「おう、『マックス』なら大歓迎だ。そっちの嬢ちゃんたちはどうする?」
「一応、他のメンバーに話してみますけど……」
「虫はあんまり……」
「はは、まぁ無理強いはしないよ」
「シュウは当然参加だよな?」
「え~」
「え~……じゃないだろ、蒐、言い出しっぺが責任持てよ」
訊かれたから思いつきを話しただけなのに……理不尽だ。