第三十六章 動物園(日曜日) 1.前半
幸いにして上天気に恵まれた日曜日、匠たちと待ち合わせて動物園に行く事になっている。猛獣の動きを実際に見て、少しでもSROの攻略に役立てたいって茜ちゃんたちが言い出したんだよね。動物園の動物はこっちに突っ掛かってきたりはしないから、あまり役に立たないんじゃないかと思うけど……。
「ほらっ! カナちゃん、ライオンさん!」
「うわぁ……子供、ふわっふわね」
少し離れた位置で、蒐一と匠がひそひそ声で話している。
(「そう言えば……ライオンの子供が生まれたって、新聞に載ってたな」)
(「二人とも、脇目もふらずまっしぐらにここに来たよね」)
(「事前にチェックは済ませてた――って事だよな」)
(「ライオンの子供って、モンスターに出てくるの?」)
(「さぁな。けど、このゲームなら可能性は無いとは言えないな」)
(「え? そうなの?」)
(「あぁ。動物たちとの触れ合いっていうのが、SROの謳い文句の一つだからな」)
(「あぁ。そう言えば、召喚術師と従魔術師の女の子たちも、そんな事を言ってたっけ……」)
檻の前に張り付いて動く気配も見せない女子二人を諦めたように眺めながら、蒐一と匠がそんな事を話していた。モフモフ同好の士は多いようで、二人以外にも多くの見物客が檻の前に張り付いて、思い思いに写真などを撮っている……全員が全員、腰を据えた様子で。
テコでも動きそうにない女性陣を横目で見て、男子二人は揃って溜息を吐いた。
「僕、カメのコーナーに行きたいんだけどな……」
「今日中には行けると思うから安心しろ……って、シルの件か?」
「うん。果物が大好きで、ほとんどそればっかり食べるんだよ。動物性蛋白も食べるんだけど、これがまた甘エビとか白子とか、酒のつまみになりそうな、それも高いものばかりでさぁ……」
ナントの家で出されたものは、チープ過ぎてお気に召さなかっただけらしい。
「いや……ゲームなんだし、心配する事無いんじゃないか?」
「運営からもそういう答えを貰ってるけどさぁ……信用して良いのかなって……」
「あ~、あの運営だしなぁ……。けどよ、現実でもゾウガメとか草食じゃなかったか?」
「う~ん……」
あれこれと話し込んでいた二人の許に、ライオンの子供を堪能したらしい女子二人が歩いて来る。
「さ、次に行くわよ」
(「あ~……ルートとか、決まってるんだ」)
(「ついて行くしかないな、こりゃ」)
意気揚々と先導する女子二人の後を、唯々としてついて行く男性陣。動物園での一日は、まだ始まったばかりである。
・・・・・・・・
モンスター対策という名目はどこへやら、フワフワモコモコの虜となった女子二人に引き摺られる形ではあるが、蒐一も匠も楽しんでいない訳ではない。普通に可愛い、あるいは格好良い動物を見て楽しんでいた。それでもさすがに二時間歩きっ放しは草臥れたとみえて、今はベンチで休んでいる。
と、匠が木の幹にいたザトウムシに気が付いた。
「ほら、蒐、こいつだよ」
「何がさ?」
「だから、ナンの町外れにいる死刑宣告者。こいつをバカでかくしたような形なんだよ」
「へぇ……これかぁ……」
クモと同じような体型だが、大きな違いはその脚にある。身体に不釣り合いなほど細長い脚を持ち、その脚で身体を持ち上げるようにして歩行する。サイズにもよるだろうが、脚の長さにものを言わせて高みに居座ったり、大きなストライドで移動したりすれば厄介そうだ。蒐一はしばらくザトウムシを眺めていたが、やがて匠に確認する。
「死刑宣告者の戦い方?」
「うん」
「そう言われてもなぁ……脚で踏み潰したり、口から毒霧を吹いたり……」
答えを貰った蒐一が、ザトウムシの口器をじっくり観察する。やがて得心がいったのか、匠の方を振り返る。
「死刑宣告者の斃し方だけどさぁ……」
「うん?」
「背中に乗っかって攻撃しちゃ駄目かな?」
「はぁ?」
発言の趣旨を確かめようとしたところで、後ろから声がかかる。
「面白ぇ話をしてんじゃねぇか」