第三十五章 運営管理室
運営管理室では、してやったりという表情とやっちまったという表情、そして、やれるもんなんだなという表情が交錯していた。それらの想いを代表するかのように大楽が口を開く。
「……上手くいきましたね」
「……そうだな。まさかメイジが軒並み魔法スキルを落とすとは思わなかった」
大楽に答えた木檜の声に反応したのは中嶌である。
「あの……今回のドロップ率は特例だと思います」
中嶌の発言に二人が反応する。周りのスタッフも聞き耳を立てている。
「何?」
「どういう事だ、中嶌」
「ですから……今回はクエストでしたから……」
「クエストだから何だと……あ!」
「称号か!」
「はい。彼の持つ称号『神に見込まれし者』は、イベントの期間中の幸運値が10上昇する効果がありますから……」
「それが効いているのか……」
「称号の効果が高すぎたかもしれんな……」
ついに木檜の口から自己批判めいた言葉が漏れた。そんな彼を慰めるように、徳佐が口を開く。
「まぁ、今回の件で対処法も判った訳ですし、そう気にする必要も無いでしょう」
徳佐の発言に反駁したのは大楽である。
「対処法と言うが、あんな反則まがいの手を何度も繰り返す訳にはいかんぞ? ……イベントの直前になってオークメイジを弱体化させるなんて。それだけじゃなく……」
そう。シュウイがオークメイジを狙い撃ちにして魔法スキルを総浚いする事を懸念したスタッフは、直前になってオークメイジの持つ魔法スキルを貧弱なものに書き替えるという荒技に出たのである。それだけならまだしも、オークキングが持つ有用なレアスキルを奪われないように、役に立たなそうなレアスキルを幾つも――囮として――オークキングに押し付けたのであった。この賭は幸い吉と出て、シュウイがオークキングから強奪したのは、レアと言うだけで使い所の無さそうなスキルとなった。
まさに暴挙と誹られても弁解できない行動であった。
しかし、大楽の批判めいた言葉にも、徳佐は動じた様子を見せない。言うまでもなく、こんなぶっ飛んだ提案をしたのは徳佐である。
「今回は過去ログもチェックしたし、背景のストーリーとも矛盾しない事を確認した上での事だ。問題は無い。現場の判断という事で承認される筈だ」
悠然と問題の無い事を強調する徳佐。そんな彼に大楽は――セカンドチーフとしての、いや良識ある市民としての立場もあって――反論しようとする。しかし、心なしかその勢いは弱い。
「いくら現場の判断だと言っても……」
「じゃあ、放っておいた方が良かったとでも?」
徳佐のばっさりとした切り返しに大楽は黙り込む。これしか方法が無かったのは解る。解るのだが、しかしどうしても、やっちまった感が拭えないのも事実である。そんな二人の口論を宥めるかのように纏めにかかるのは、チーフたる木檜の仕事である。
「まぁ、今回は時間的な猶予も無かったし、結果オーライという事で良いだろう。次からは事前にNPCの性能などもチェックしておけば、今回のような反則すれすれ――すれすれで反則なんじゃないかという声も多い――の行為はせずにすむ筈だ」
「そう願いたいですね」
「同感です」
徳佐と大楽の意見が纏まったところで、運営管理室にはほっとしたような雰囲気と、何とも言えない一体感が流れる。一体感の正体は、力を合わせて難題を克服したという満足感……ではなく、後ろ暗い秘密を共有したという同族意識なのだが、それに気付いている者は少ないし、気付いた者は黙っている。
そう、彼らはもはや同僚ではなく共犯者なのである。
(何か……泥沼に足を突っ込んだような気がするな……)
運営管理室最年少のスタッフ中嶌の不安に気付く者はいなかった。
運営の干渉がなかった場合、シュウイがオークキングから強奪した筈のレアスキルは【カリスマ】です。大衆からの人望を広く集めるスキルです。ちなみに、今回の処置については上層部でも大荒れに揉めましたが、これ以上トリックスターが強化されるとゲームバランスが厳しくなるという意見に押されて、社外秘を誓約させた上で実施を容認する事にしました。勿論、上層部はこれについて何も知らない事に――運営管理室の独断という事に――なっています。