第三十四章 トンの町防衛戦 4.待ち伏せ
「……ガワン、今戻ったよ」
「シュウイか! オークたちの様子は?」
「大丈夫。教わったとおりの場所にいたよ。何匹か狩ってきたけど、なんか雰囲気が慌ただしくなってきたから引き上げてきた」
「遅いと思って心配していれば……敵陣に潜入してオークを狩っただと? あまり無茶をするな」
あ、叱られちゃった……。
「それより、あの様子じゃそろそろ逃げ出すかもしれない。物見たちに連絡して」
「解った」
オークキングはやはり逃亡を決めたようで、僕たちがいる方向に向かっているらしい……うん、単純にトンの町から遠離る方向だもんね。判りやすいなぁ。僕たちの待ち伏せ部隊は縦深を備えた配置になっているから、落ち武者を引き込んで狩るのには向いている。獲物が網にかかるのを待つとしようか。
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しばらく静かに待っていると、森の奥からオークたちが姿を現した。最初にやってきたのは普通のオークみたいだ。辺りを注意しながら進んでくるけど、斥候の役割を与えられているんだろう。雑魚を狩っても仕方がないので放っておく。
(「シュウイ、解っていると思うが、狙いはオークキングやオークメイジなどの役職持ちが最優先だ」)
(「解ってるって。雑魚は後回しだよね」)
更にしばらく経ってから、やっとメイジっぽいオークが姿を現した。うん、用心深いのは解るけどさ、こんだけ先頭と離れてたら、万一の場合に先遣隊が引き返して掩護できないよ? 先頭は一目散に逃げちゃうんじゃないかな。
(「シュウイ、最初にお前の弓でオークキングに一当てしてくれ」)
(「いいの?」)
(「あぁ、我々の魔法だと、多分メイジに気取られる。お前の弓が最適だ」)
(「解った。あと十歩ほど近づいたら撃つよ」)
クロスボウには既に毒を塗ったボルトがセットしてある。再装填にかかる時間を考えたら、撃てるのはこの一発だけだ。無理に首筋や頭部を狙わずに、ボルトが刺さりやすい場所を狙おう。僕たちは木の上に隠れているから……ここからだと鎖骨の辺りが狙い易いかな。
シュウイが放ったボルトが狙い違わずオークキングに命中したタイミングで、ホブゴブリン改めホビンたちの魔法攻撃が始まった。完全な不意討ち。しかも二隊に別れたホビンたちは、遠間から間断の無い魔法攻撃を浴びせてくる。オークたちの怒号と悲鳴が響き渡るが、もはや彼らに逃れる術はなかった。先遣の筈の斥候部隊は案の定戻って来ない。そのまま一目散に逃げ出したか、既に狩られたか、どちらにしろホビンたちの脅威にはならないようだ。
「シュウイ、何をする気だ?」
「折角だから、僕も少し狩ってくる」
ガワンにそう言い捨てると、シュウイは木の上から飛び降りざま投石紐を取り出す。火魔法で応戦しているオークメイジがいたので、まず魔法を封じる事にする。
(【しゃっくり】)
突然襲ったしゃっくりの発作に魔法の詠唱と発動を妨げられ混乱している隙に、オークメイジの頭部に命中した投石がその命を刈り取った。
たとえ魔力を感知する事ができなくても、派手な魔法をぶちかましているホビンたちの居場所は隠す事もできない。当然、オークたちの注意と反撃もホビンたちに向かう。それだけに、魔力を伴わないただの投石はオークたちにとって奇襲となった。次々に命中する投石がオークたちの戦闘能力を奪ってゆく。シュウイに気付いたオークが喚きながら吶喊して来るが、それは木の上に陣取ったガワンが許さない。出所の掴みにくい風魔法を駆使して、オークの喉笛をウィンドカッターで切り裂いてゆく。
シュウイはオークキングと対峙していた。既に毒が全身に回って立っているだけでも辛い筈なのに、王者としての誇りのゆえか、キングはすっくと立ってシュウイを睨み付けている。その瞳に憤怒と敵意を滾らせながら。
対するシュウイは何の気負いも感じさせず、ただ黙って――しかし油断無く――獲物を見つめている。彼にとってこれは既に戦いなどではなく、単なる狩りに過ぎないのだろうか。既に二人の周りで戦いは終わり、勝者であるホビンたちが最後の戦いの帰趨を見守っている。
と、オークキングが凄まじい咆吼を上げた。聞く者の心を折って威圧する【咆吼】のスキルだろう。木の上で思わず身を竦めたガワンであったが、シュウイは何の表情も変えず、黙って立っている。虚仮威しは済んだかと言いたげに。薄い嗤いさえその面に浮かべて。
威圧が不発に終わったのを見届けたのか、オークキングは右手の棍棒を振り上げてシュウイに駆け寄って行く。
(もう、右腕を振り上げるほどの筋力は残ってない筈なのに……大したやつだね)
僕は杖を構えて待ち受ける。僕とオークキングじゃ背丈が違いすぎて、まともな打ち合いはできそうにない。僕の杖はキングの上半身には届かないし、キングの棍棒もほとんど一歩の距離にまで近づかないと僕には当たりそうにない――僕の背丈がキングのリーチをもってしても低いからだけどね。ふんっ!
となると、打ち合いに持ち込むには一工夫が必要だ。さっきはキングがスキルを使ったみたいだし――なぜか僕には通じなかったけど――今度はこっちの番だね。そろそろ良い距離だ――【土転び】!
突然足を滑らせたオークキングは、勢いのまま前のめりに突っ込んで来た。頭を下げた態勢で、僕の目の前に。
【ウェイトコントロール】!
二倍の重さ、二倍の密度になった杖が、やはり二倍になった僕の全体重を乗せて繰り出される。その突きはオークキングの頭部を貫通し、キングの身体は光となって消えた。さて、後に残った毒塗りのボルトを回収しておかないと。
しばらく静まり返っていた森は、突如としてホビンたちの歓声に包まれた。シュウイのもとに駆け寄って来た。口々に何か言いながら腰や背を――ホビンたちの背丈は小柄なシュウイと比較しても低いので、肩まで手が届かない――叩くのだが、叫び声が入り交じって何と言っているのか良く聞き取れない。終いには胴上げしながらワッショイワッショイと森の中を練り歩きかねない――背丈の違いを考えると、これはかなり奇観。実際にやったら、傍目には新機軸の御輿のように見えたかもしれない――勢いだったが、慌てて木の上から降りてきたガワンに押しとどめられる。
「静まれ! 落ち着け! シュウイが困っている!」
ガワン必死の説得でようやく落ち着きを取り戻したホビンたちだが、それでも名残惜しげにシュウイの周りに留まっている。
「このまま宴に誘いたいところだが……シュウイはまだやらねばならぬ事があるのだろう?」
「うん。僕は『異邦人』だからね。色々と制約があるんだよ」
「そうか……名残惜しいが……我らも故郷に戻って村の再建を急がねばならん。今日のところはこれで別れようが……いつか必ず我らの村に来てくれよ」
「うん、いつか、必ず」
再会を堅く約束して、僕たちは別れた。ホビンたちは姿が見えなくなるまで、ずっと手を振って見送ってくれた。
オークキングの【咆吼】がシュウイに通じなかったのには幾つかの理由があります。まずシュウイ側の理由としては、シュウイ――の中の巧力蒐一――個人が喧嘩慣れしていて度胸が据わっている事、取得した【杖術(物理) 皆伝】の中に【不動心】というスキルがあって威圧に抵抗できた事、それと、シュウイ自身はまだ確認していませんが、オークメイジから得たスキルの中に【闇魔法の素地(オーク)】というものがあり、闇魔法に対する耐性が少しだけ上がっていた事などがあります。また、オークキング側の理由としては、オークキングが誕生してから日が浅く、【咆吼】スキルもまだ充分に育っていなかった事が挙げられます。もしオークキングの【咆吼】のレベルが高かったら、シュウイも平然とはしていられなかったでしょう。