第三十四章 トンの町防衛戦 3.暗殺
「……はい、解りました」
ケインからのフレンド通信による連絡を終えて、シュウイはホブゴブリンたちの方へ向き直る。
「ガワン、向こうは始まったみたいだよ。三百近い数のオークが湧き出てるって」
「ふむ。あのキノコの効果は凄いからな。一度崖下で燃やした事があったんだが、オークどもめ、次々に崖から身を投げおった」
「そこまでなの!?」
吃驚して、つい大声を上げたけど、ガワンに言わせるとトリファの効果は時期にもよるんだそうだ。オークの群れが大きくなり、分裂しようかという頃合いが一番効果が高いらしい。キングが生まれると群れの分裂は抑えられるそうだけど、トリファの効果はそのままらしい。性フェロモンかと思ってたけど、ミツバチの分封の方が近いのかな。あれにも何かのフェロモンが関係してるんだろうしね。
「だったら、僕たちの出る幕って無いのかな」
「いや、キングを始めその側近には効果が薄くなる。こっちに来るのは手強いのばかりだぞ?」
「ふぅん……だったらさ、ガワン、班を二つずつ一緒に行動させない?」
「ん? どういう事だ?」
「一緒に行動する二班のうち、片方が攻撃している間にもう片方の詠唱の準備をさせるんだ。そうすれば間断無い攻撃ができて、こっちの隙もできないだろ?」
「……そうだな、それは良い考えだ。早速準備させよう」
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「暇だよ~」
「確かにやって来ないな……」
「ひょっとして、別の方向に脱出したんじゃないの?」
「森には幾重にも物見を放ってある。その心配は無いと思うが……」
「僕、ちょっと偵察してくるよ」
懸念がある以上行動すべきだろう。……決して暇だからじゃないよ?
「駄目だ、一人で行くのは無謀すぎる」
「心配無いって。僕の隠密系スキルは教えただろ?」
ガワンには僕が持っている隠密系スキルのうち、【隠蔽】と【擬態】について説明してある。【地味】については話してない……さすがに手の内を全部さらけ出したりはしないよ?
「む……それはそうだが」
「僕と同じくらい隠密に長けた人がいれば構わないけど?」
「むぅ……いや、お前ほど隠密の巧みな者はいないが……」
「さっきの失言分を挽回しなくちゃいけないからね。無茶はしないよ」
シュウイの言う失言とは、ホブゴブリンたちをゴブリンの同族と間違えた事である。以前に「黙示録」がゴブリンキングを狩るのに同行した事を思い出したシュウイは、黙っているのも卑怯な気がしたので、絶縁される事を覚悟の上でカミングアウトしたのであるが、返ってきたのは心底嫌そうな表情であった。
ガワンの――軽く二十分ほど――力説するところでは、ホブゴブリンとゴブリンは人と猿以上に違うのだという。抑ホブゴブリンという呼び方自体、人間が勝手につけたもので、彼らは自分たちの事をホビンと呼ぶそうである。
ホブゴブリン改めホビンたちをゴブリン扱いした失点を挽回するために、シュウイは単身で偵察に赴くと主張した。その裏に、オークメイジを一人で狩ろうという打算があるのには誰も気付いていない。
・・・・・・・・
ガワンを説得して森の中に入ってみたけど、この森って意外に見通しが悪いな。成熟した森なら鬱蒼としてる分下草や低木が生えないから見通しは却って良い筈なんだけど……頻繁に木を伐るんでそこまで成熟する暇がないのかな。
ガワンに教えられた場所はこの辺りなんだけど……あれかな? 数匹のオークに囲まれて、一際大きなオークがいる。きっとあれがオークキングなんだろうね。
さて、どうしよう。隠密系三スキルを重ね掛けしてるけど、のこのこと接近するのは危ない気がする。毒を塗った吹き矢でこっそり斃したいんだけどな。……うん、試してみよう。
(【べとべとさん】……忍び足で)
シュウイが【べとべとさん】を発動すると、離れた位置で微かな足音がした。耳敏いオークが数匹そちらを向く。シュウイは【べとべとさん】をすこしずつ忍び足で歩かせる……吹き矢の射程内に入るように。
やがて一匹のオークが、意を決したように【べとべとさん】の方へ歩みを進める。オークキングたちから充分離れたところで、シュウイは毒を塗った吹き矢を飛ばす。オークは僅かにチクリとした痛みを感じたのだろうか、不審げに周りを見回す。やがて毒が回り出したのだろう、オークは力無くしゃがみ込んだ。
(思った以上に毒の回りが早いな……まだ生きてるけど、喋るための筋力も残ってないみたいだな。警告を発しないのはありがたいね)
仲間の様子がおかしい事に気付いたのか、もう一匹のオークが近寄って来る。シュウイが手を出さずに見ていると、声を上げて仲間を呼んだ。その呼び声に反応するかのように、メイジと見られるオークに一匹が近寄ってくる。
(【べとべとさん】解除)
スキルレベルがまだ低いので、シュウイは複数の【べとべとさん】を同時に操る事はまだできない。次に備えて解除しておく必要があった。
オークメイジが近づいたところで、シュウイが死角から吹き矢を首筋に放つ。声を立てられるのを防ぐためだ。それでも小さな痛みに反応して身動ぎするのをもう一匹のオークに見られた。そのオークが疑問の声を上げるより先に、シュウイは二発目の吹き矢を首筋にうち込む。
(【べとべとさん】)
シュウイはさっきとは反対の位置に発動した【べとべとさん】を、今度は音を立てて走らせる。自分と遠ざかる方向に。オークたちの注意が一斉にそちらを向き、毒矢に斃れた仲間の事はオークの意識から外れる。その騒ぎの間に、毒矢を受けたオークたちは死んで光に変わっていった。
【べとべとさん】に引っ張られてオークキングたちは向こうに行っちゃったな。なら、今のうちに吹き矢を回収しておこうか。毒が塗ってあるし、残しておくと危ないからね。ここの運営ならわざと毒針を消さずにおいて、何かの火種に使いそうな気がするんだよ。あ……ここからならアレが届くかな?
【通臂】を発動して右手だけを伸ばし――これ、伸ばしてる間は左手が縮むんだよね――注意深く毒針を拾う。ここで自分に刺したら笑えないよね。
さて、毒針の回収も終わったし、もう少し狩れるかな?
結局シュウイはこの後オーク三匹とオークメイジ一匹を同様にして狩るのに成功したが、オークキングの陣営が何か慌ただしい雰囲気になってきたので、速やかに撤退した。