第三十一章 トンの町 4.微睡みの欠片亭
いつものように宿で夕食を摂ってから、錬金術の実験だ。シルの方も果物で夕食を済ませて万全の態勢……って、お前、果実水が目当てだよね?
どうしよう……総菜の方を先に終わらせようと思っていたんだけど……シルはキラキラとした目でこっちを見ている。……あぁ……期待を裏切れないな……。実験の方は後にしよう。完熟マンゴーとアップルヴァインから、水分を【分離】して果実水を作る。シル、慌てないの。今日は僕も飲むんだからね。
二種類の果実水をそれぞれ二つに分けて、僕とシルとで戴いた。うん、成る程。これならシルがご執心なのも解るかな。水を抜かれた乾燥果実の方は……やっぱり味が弱い気がするけど、そんなもんだと思えば気にならないレベルだね。こっちはおやつ用に取っておこうか。
果実水の味見が終わったところで、総菜を使って錬金術の実験だ。シルも果実水を飲んで満足したのか、落ち着いた様子で見物している。興味はあるみたいだね。
さて、最初は……うん、肉じゃがもどきからいこう。店のおばちゃんが暖め直し用にって煮汁も多目に入れてくれたし、この煮汁を滲み込ませればいいんだよね。それでは……って、ちょっと待て! ……こないだ乾燥果実に果実水を【浸漬】させた時は、確か全量が滲み込んだような……。だとしたら、この煮汁を全部【浸漬】させたら……物凄く塩辛くなるんじゃないだろうか? ……危なかった。食材を無駄にするところだったよ……。 味の濃さを考えると、使う煮汁はこれくらいかぁ……。全体に均等に滲み渡るのかな? その辺も確認の対象だね。それでは改めて……
《選択された素材は肉じゃがもどきです。何を浸漬させますか?》
あ……料理を全体として指定できるみたいだ。肉と芋を別々に指定しなきゃ駄目かと思ってたよ。浸漬させる対象として煮汁を選択しておく。
《初級スキルで浸漬させることができるのは純物質のみです。煮汁に含まれるエキスを浸漬させることはできません》
あ……そういえばそうだった……。だとすると、これは中級スキルの試験対象なのかな? 市場で見たウィンドウに【浸漬】スキルの対象だって書いてあったから、疑いもせずに買っちゃったよ……どうしよう……。
一旦実験を中止して考える。アイテムバッグに入れておけば長持ちするかも知れないけど、バッグの容量を圧迫するのは確実だ。かといってこのままでは日持ちがしないし、食べるしかない。けど……水っぽくなった肉じゃがなんか食べられた物じゃないからなぁ……あ、肉じゃがの一部だけを試験に使って、のこりは口直しがてらそのまま食べればいいのか。
方針が決まったところで、さっきの続きだ。量を減らした肉じゃがと煮汁を用意して、【浸漬】の実行を指示する。
《一晩おいた煮物で味が能く滲み込む理由を答えて下さい》
えぇっと……加熱の際に食材の表面構造が変化すると同時に、食材から水分が逃げてゆく。冷却の際には逆に水分が戻っていくが、この時に塩分などの調味成分も一緒に滲み込む……で、いいかな?
そう答えると肉じゃがの容器が光に包まれた。やがて光が収まった後で姿を現したのは、心持ち水ぶくれした様子の肉じゃがと、容器の壁にこびり付いた何かの滓のようなものだった。
《課題をクリアーしました。【浸漬(邪道) 初級 2/3】》
【素材/食品アイテム】肉じゃがもどき 品質D レア度1
水っぽい肉じゃがもどき。初級の【浸漬(特殊)】スキルによって水分だけが滲み込んだため水っぽくなった。
あ~……料理としては失敗っぽいな。試食してみると……うん、確かに水っぽいや。口直し用に分けておいた肉じゃがもどきを食べると能く判る。うん? シル、お前も食べてみる?
シルが興味ありげに見ていたのでまともな方の肉じゃがを差し出すと、一口食べて満足げだ。え? ……失敗作も味見するの? まぁいいけど……知らないよ?
水っぽい方を食べると微妙な顔をしたので――カメなのに表情豊かだよね――慌ててまともな方を差し出す。うん、シルだって口直しは必要だよね。
さて、続いては乾燥スープの実験だ。
《選択された素材は玉子スープです。何を分離しますか?》
ここはいつものように水と答えておく。【分離】が成功して現れた乾燥スープと水だけど……ここからが実験だ。乾燥スープと分離した水を再び混ぜ合わせる。たしか【混合】のスキルがあった筈だから使ってみよう。
試験問題が出てくるのかと身構えていたけど……何の質問もなく【混合】スキルが発動して好く混ざり合っていく。程好く混ざったところで二つの容器に分けて、一方はそのまま、もう一方には【浸漬】を使ってみる。
《スキルを用いずに汁物から水分を抜いて乾燥させる技術について答えて下さい》
……要するに、フリーズドライの事だよね? え~と……適量に小分けしたスープを一旦低温で凍結させ、その後に真空状態に置く事で水分を昇華させて脱水する。食材の中で成長した氷の結晶がそのまま抜けるので食材中には空洞が残り、水が滲み込み易くなる……で、良いかな?
《課題をクリアーしました。【浸漬(邪道) 初級 3/3】》
《【浸漬(邪道) 初級】が解放されました。これ以後、初級スキルの範囲内で条件無く【浸漬(邪道)】を実行できます。反復使用によって経験値が貯まり、経験を積むほど品質の高い生成物が得られるようになります》
よし、【浸漬(邪道)】スキルの解放は済んだ。後は食べ比べだ。
単に水分――唯の水じゃなくてエキスが含まれてる筈だ――と混ぜただけのやつは、具材の玉子がまだ少しぱさついている。水分が完全に滲み込んでないんだな。一方、【浸漬】スキルを使った方は、具の玉子もそこそこふわっと戻っているな。予想どおりだ。
さ、やるべき事はやった。新しく得た魔法にも興味があるけど……さすがに宿の室内で確かめる訳にはいかないし、あとは明日に備えて休むとするか。
----------
★《シュウイのスキル/アーツ一覧》
レベル:種族レベル8
スキル:【しゃっくり Lv1】【地味 Lv4】【迷子 Lv0】【腹話術 Lv2+】【解体 Lv8】【落とし物 Lv9+】【べとべとさん Lv2】【虫の知らせ Lv7】【嗅覚強化 Lv6】【気配察知 Lv6】【土転び Lv3+】【お座り Lv3】【掏摸 Lv0】【イカサマ破り Lv3+】【反復横跳び Lv4】【日曜大工 Lv2】【通臂 Lv1】【腋臭 Lv1】【デュエット Lv5】【般若心経 LvMax】【弓術(基礎) Lv5】【狙撃(基礎) Lv5+】【投擲 Lv4】【器用貧乏 Lv3】【飛礫 Lv4】【擬態 Lv1+】【ウェイトコントロール Lv3】【隠蔽 Lv1+】【疾駆 Lv0】【給水 Lv3】【古道具屋 Lv1】【聴耳頭巾 Lv3】
アーツ:【従魔術(仮免許)】【召喚術(仮免許)】【杖術(物理) 皆伝】【調薬(邪道) 初級(仮免許)】【錬金術(邪道) 初級(仮免許)】【火魔法(オーク) Lv0】【土魔法(ホブゴブリン) Lv0】【水魔法(ホブゴブリン) Lv0】
ユニークスキル:【スキルコレクター Lv7】
称号:『神に見込まれし者』『ホビンの友』
従魔:シル(従魔術)
著者の別作品「従魔のためのダンジョン、コアのためのダンジョン」の書籍版「従魔とつくる異世界ダンジョン」が明日発売されます。よろしければこちらもお手にとってご覧下さい。




