第三十一章 トンの町 3.市場
トンの町へ戻ると市場に足を向ける。このところシルも出番が無くて退屈していたようだし、買い物でもして気晴らしをさせなきゃね。ストレスを溜めるのが好くないのは、人も従魔も同じだろうし。
「シル、欲しいものがあったら教えてね?」
そう言うとシルは懐の中で頷いたみたいだ。気配でわかる。僕も邪道アーツのスキルアップに使えそうな素材を探さないと……。
【抽出】にリーチがかかってるけど、これは昆布からグルタミン酸を抽出すれば完了できる。問題は【浸漬】かな。ホタテの貝柱の干物は買ってあるけど……戻した後でどうするかって事なんだよね……。
……料理スキルを持ってるプレイヤー、どこかにいないかなぁ……。
そんな事を考えながらぶらぶらと歩いていると、懐中でシルがごそごそと動き出した。場所はこの前エキセントリックマンゴーを買った店の前。
(「シル、お前……果実水が目当てだね?」)
まぁいいか。あの時は結局、僕も味見できなかったしね。そのまま食べても美味しいし、今日も幾つか買っていこうか。
「すみません、マンゴーを四つ下さい」
「おうよ……って、こないだも買ってくれた兄ちゃんだよな?」
「あはは、憶えられてましたか。美味しかったので追加です」
「嬉しい事を言ってくれるねぇ。よっしゃ、おっちゃんが美味そうなやつを選んでやっからな」
店番の人に良く熟れたものと、二~三日追熟させた方がいいものとを二つずつ選んでもらう。アップルヴァインも生食して美味しかったので追加しておいた。こっちの果実水にも興味があるしね。
「毎度~」
ごっそりと果物を買ったせいだろう、懐のシルもご満悦の気配だ。
このまままっすぐ行けば鶏卵を売ってる店だけど……脇の方から良い匂いがしてきたので、そっちに向かって歩いて行く。
少し歩いたところで、匂いの元に辿り着いた。
「総菜屋かぁ……」
ご飯は宿で食べてたからなぁ……こっち方面には来た事無かったよ。
漠然と売り場を眺めていた僕は、視界に浮かんだ文字を見て思わず固まった。
【素材/食品アイテム】肉じゃがもどき 品質B レア度3
総菜。ワイルドボアの肉と芋を煮込んだもの。ただし醤油味ではなくコンソメ風味。今日作ったばかりなので、まだ味はそれほど滲みていない。
特殊スキル【浸漬(特殊)】によって味を滲み込ませる事ができる。
【素材/食品アイテム】玉子スープ 品質B レア度3
総菜。鶏ガラで出汁をとって溶き卵を落としたスープ。具として葉物野菜が入っている。
特殊スキル【分離(特殊)】によって水分を抜き、インスタントスープを作ることができる。
うん。僕が驚くのも当然だよね? おかしくないよね?
それはともかく……レア度が少し高いのは美味しいって事かな。夕食とは別に買って帰っても良いか。
「済みません、煮物や汁物の持ち帰りはできますか?」
「そりゃ、うちはそういう商売だからね。器が無いなら器のお代を貰うだけさね」
「それじゃ、肉じゃ……そっちの煮物とスープを、一人前で」
「あいよ。煮物の方はまだちょっと味が薄いかも知れないからね。軽く温めて一晩おくと、味が滲みるよ」
「ありがとうございます」
さて、宿に帰ったら色々と実験だね。