第三十章 篠ノ目学園高校(金曜日) 1.昼休み
恒例となった屋上での昼食会、今日は要ちゃんも参加している。
「で? 蒐、昨日は何をやったんだ?」
「開口一番にその質問は何だよ、匠? 僕に訊く前に、まずそっちから説明するのが礼儀だろう」
「いや、俺たちの一日は至って平々凡々で、話すほどの事は無いからな? 蒐の武勇伝を聞いた方が色々と参考になるし」
「あ~、ご免、蒐君。あたしも匠君と同意見」
「右に同じね」
「みんな……」
うん、みんなの仕打ちに心が折れそうだよ。ちょっとだけ泣いてもいいかな?
「あ~、ほらほら蒐君、泣かないの」
「放課後奢ってあげるから」
うん、ちょっとだけ元気が出たよ。
「でも、話せる事はほとんど無いよ? 今やってるクエストは秘密厳守で、他に漏らしたら失敗する事になってるし」
「秘密クエスト!?」
「そんなのがあるんだ……」
「βテストの時、ちょっとだけ噂になってたけどな。蒐、どういった経緯でそのクエストに入ったのか訊いてもいいか?」
「あ~、ご免。それ言っちゃうと芋蔓式に内容が判っちゃうから」
オークの調査依頼って言うだけで見当ついちゃうよね。
「いや、気にするな。悪かったな、蒐」
「あ、でも、これは言っても大丈夫だと思うけど、簡単なお使いクエストをやったらスキルオーブが貰えた」
「へ? 『トリックスター』の呪いで、クエスト報酬のスキルオーブは貰えなくなってたんじゃないのか?」
「うん、僕も不思議なんだけど、なぜか貰えちゃった」
「状況が変わったのかな~?」
「ま、『トリックスター』自体不明な点が多いんだ。そういう事もあるんだと、今は納得しておくしかないな」
「……ねぇ、蒐君、そのお使いクエストの内容だけど……」
「あ、猫探しだった」
「猫探しって……」
「アレかぁ~」
「あれ? 皆知ってるの?」
蒐一は不思議そうに訊ねるが、このクエストは割と頻繁に発生しており、依頼の内容が単純なくせに時間がかかる事、報酬としてスキルオーブが得られる事などから、比較的よく知られているクエストであった。
「まぁ……トンの町でスキルオーブが得られるお使いクエストっていえばあれくらいだよな」
「内容は単純なのに、時間がかかるんだよね~」
「え? そう? 十分くらいで終わったけど?」
不思議そうな蒐一の言葉に硬直する一同。ワイルドフラワーの面々もこのクエストを受けたのだが、その時は半日ほど猫に引っ張り回されたのだ。匠はこのクエストを受けていないが、それでも面倒なクエストである事は聞き知っていた。
「十分……」
正確には七分である。
「どうやったらそんな短時間で終わるんだよ……?」
「え? 【虫の知らせ】で見つけて、【お座り】で動けなくして捕まえたけど?」
「何よ……その反則技……」
「え~? 別に反則じゃない筈だよ?」
そう、反則ではない。運営の想定外なだけである。
「……あ、本当だ。ランキングに載ってる……七分だって……」
スマホを操作していた茜が淡々と告げた。
「七分……」
「さすが蒐君ね……」
「こりゃ、掲示板荒れてるんじゃねぇか?」
「実際荒れてるね~」
「あのクエスト、短時間で捕まえるほど良いスキルが貰えるみたいだからな。蒐が貰ったスキル、相当良いんじゃないか?」
「内緒♪」
「あ~……この様子じゃ、かなり良いもの貰ってんな」
「まぁまぁ、詮索はマナー違反よ、匠君」
「そう言えば……トンナン街道の盗賊退治でもケインさんたちは報酬にスキルを貰ってたみたいだけど……」
「お? そうなのか?」
「スキルの内容までは知らないけどね」
そこからしばらくクエスト報酬の話で盛り上がったんだけど、要ちゃんがこういう事を言い出した。
「そう言えば……掲示板に載ってたけど、クエストの報酬で従魔を貰ったケースがあったわね」
「へぇ……そんなんもありなのか」
「僕のシルみたいなのかな?」
「いや……さすがに幻獣じゃねぇだろ?」
「でも、シルもクエストの報酬だったよ?」
「まぁ……そう言やぁ……そうか……」
「案外、SROではクエストって重要なのかもしれないわね……」
しばらく考え込んでいた様子の要ちゃんの発言に、最初に反応したのは匠のやつだった。
「どういう事だ?」
「匠、馬鹿に食いつくじゃん?」
「あぁ……どうも攻略が進まなくてな。シアの町への道が開かれないんだ」
匠の説明によると、ナンの町の先にあるシアの町へ辿り着こうとして攻略組が競ってるんだけど、誰も成功していないらしい。
「ナンの町の西側でモンスターを狩ってるパーティもいるんだけどな、例の紫斑毒にやられて滞ってる。俺たちは西へ行く行商人の護衛を中心に引き受けてるんだけどな、途中の宿場までは依頼もあるんだが、そこから先へ進めないんだ」
「何か解放のための条件があるんだろうって言われてるね~」
「で? 要はクエストが怪しいっていうんだな?」
「ええ。幻獣はともかく、このゲーム、クエスト報酬が良いじゃない? クエストに注目させようっていう運営の意図が仄見えるような気がして」
「前ばかり見てても駄目って事か?」
「クエストっていうかさ、住民との触れ合いが大事なんじゃないかな?」
だって、僕もバランド師匠に弟子入りして調薬を習えたしね。ナンの町の街道封鎖の件も住民の人から聞いたし、弓の事を教えてくれたギルドの人も町の人だったしね。
「考えられるわね……NPCとの会話数とか、NPCから得られる情報が解放のキーになってるのかもしれないわ」
正解である。シア以降の町へ行くためには、まずトンの町とナンの町で一定数のNPCを覚醒・活動させ、その動きが次の町に伝わる必要がある。この前提条件が満たされない限り、プレイヤーがいくら力んで街道沿いのボスモンスターを討伐しようが、次の町への道は開かれないようになっている。
「俺たちを含めた攻略組は、そっち方面は完全に無視してたからなぁ……方針を考え直す必要があるのか……」
うん、住民の皆さんとの触れ合いは大事だよ?