第二十九章 運営管理室 1.聴耳頭巾(ききみみずきん)
「木檜さん、例の少年が猫探しのクエストをクリアーしました……最速記録です」
シュウイ専用に調達されたモニターを見ながら、中嶌というスタッフ――成り行きでシュウイの監視要員と化している――が平板な声で報告した。
「最速? ……どれだけだ?」
何となく嫌な予感を覚えたらしい木檜チーフが聞き返す。
「七分です……少女と会ってからオーブを受け取るまで」
「七分!? 何でそんなに短時間で……いや、待て。オーブを受け取った?」
「どちらも、はい、です。所用時間の方は【虫の知らせ】で発見後、【お座り】で動きを封じて捕らえました。スキルオーブの方は、何の問題もなく流れるように一連のクエストが進みました」
「『スキルコレクター』の仕様では、クエスト報酬にスキルオーブが出にくくなる筈だが?」
「今回のクエストでは、抑オーブ以外の報酬を用意していません。しかも、極めて短時間にクエストが終了したため、こちらが干渉する暇もありませんでした。更に言えば、木檜さんが少年に渡した称号『神に見込まれし者』が幸運値に効果を及ぼしている可能性もあります」
淡々とした説明を受けた木檜は渋茶を飲み下したような表情になったが、おそらく想定の範囲内であったのだろう、その時は黙って頷くに留めた。しかし、続いて報告された内容は、その木檜をして当惑させるに充分なものであった。
「……ちょっと待て。彼はお使いクエスト終了後、続けて冒険者ギルドのクエストを受けたのか?」
さっきから話題に上っているお使いクエスト――少女NPCによる猫探しの依頼――とギルドのクエストは、実はプレイヤーの成長方針を決定するための試金石として準備されたものである。お使いクエストを受けた者はそれに時間を取られるため、冒険者ギルドのクエストを受けられないようになっている――普通は。少女の依頼を受けるかスルーするか、また、ギルドから示された調査依頼を受けるか否か。それぞれの選択の結果は変数として保存され、同様の選択を幾つか経た上で、各プレイヤーに示される成長の方針が決まっていくようになっていた。
しかし、事もあろうにシュウイはレアスキルに物を言わせて猫探しを最速でクリアーした上に、重ねてギルドの調査依頼も受けたのだという。このような結果は想定していなかったため、今後シュウイに示されるであろう選択の機会がどんなものになるのか、木檜にも予想がつきかねた。
「まぁ……一回の選択だけでは決定的な影響は出ないと思うが……」
「で? 彼が受けたのはどこの調査なんだ?」
「北のフィールドのオーク調査ですね」
「選りに選ってか……まぁ、彼の力量からしたらそうなるか」
・・・・・・・・
「【聴耳頭巾】だと……?」
「何でまたそんなレアスキルを……」
「これも『スキルコレクター』の効果でしょうか?」
「いや、どっちかっていうと称号の方じゃないか?」
スタッフの視線が木檜に突き刺さるが……
「今は原因を糾弾している場合じゃない。確か、幾つかのスキルについてはシナリオへの影響を検討した事があったな。【聴耳頭巾】はどうなっている?」
木檜の切り返しにどこか割り切れないものを感じながらも、言っている事は確かに正論なので、渋々といった感じでスタッフが動く。
「……ありました。予想されている効果は情報入手と交渉ですが、どちらも相手が重要な情報やアイテムを握っている場合ですね」
「なら大丈夫か。トンの町には、少なくとも序盤では、それほど重要なものは配置されていない筈だな?」
「四聖獣は大丈夫でしょうか?」
「アレが目覚めるのは中盤以降だ。今の段階では危険はないだろう」
木檜の言葉にほっとした雰囲気が充ちそうになった管理室に、怖ず怖ずとした感じの中嶌の声が響く。
「あの……ホブゴブリンは大丈夫でしょうか?」
「あぁ?」
「何の事だ?」
「ですから……幻獣解放クエストに参加していたホブゴブリンたちが、北のフィールドに移動しています。トリックスターの彼とは面識がある筈です」
沈黙が部屋を充たした。