第二十八章 トンの町 8.ナントの道具屋
いつもならナントさんの店にドロップ品を売りに行くんだけど、多分今頃はギルドからの注文で天手古舞いだろうから止めておこう。差し当たって急ぐ用事も無いし……いや?
考え直してナントさんの店に行ってみる。忙しそうなら引き返せばいいしね。
店の前から店内を覗いてみたんだけど、別段忙しそうな感じではない。ナントさんはいつものようにカウンターに座っているし……ギルドからの依頼は無かったのかな?
「今日は~?」
「へぃ、らっしゃい……やぁ、シュウイ君か」
「お忙しければ出直しますけど?」
「あぁ、いや、もう大丈夫だよ……さっきまでは殺気立っていたけどね……」
あ……やっぱり依頼は来てたんだ……。
「え~と……北のフィールドの件ですか?」
「あぁ、シュウイ君は知ってたんだね。そう、大至急の注文が舞い込んでね」
「もう大丈夫なんですか?」
「あぁ、僕にできる事は終わったしね。けど、シュウイ君の方は何か僕に用事があるみたいだね?」
「あ、はい。できたら相談に乗ってもらえないかと……」
「ふぅん……? 何だい?」
やだなぁ、そう身構えなくっていいですから……簡単な質問だけなんです。
「はい、ホブゴブリンの魔法使いでも使えそうな武器って、ご存じないですか?」
あ……ナントさん、固まっちゃった。
・・・・・・・・
しばらくして再起動したナントは、無言のまま一旦店を閉めると、奥から酒らしいものを持ち出して一杯注ぐとぐいっと呷った。シュウイはやはり無言で――やや戸惑っているようだが――その様子を見守る。
やがて落ち着いた――開き直ったとも言う――らしいナントは一つ深呼吸をしてシュウイに向かった。
「ギルドマスターから聞いてはいたんだけどね……ホブゴブリンに与える武装という事かい?」
「はい。少なくとも今回は同盟軍ですし、オークと違って話の通じる相手でもありますから」
「その……『話が通じる』っていうのがまず驚きなんだけどね」
「僕のスキルのせいです……【聴耳頭巾】っていう」
「あぁ……君にはその手があったね……水戸黄門の印籠みたいなのが……」
人聞きが悪いなぁ……
「いや、非難している訳じゃないんだけどね……ともかく、そのスキルでホブゴブリンとは会話ができるんだね?」
「はい。対してオークとは話が通じませんでしたから、これは運営が狙って設定してるんじゃないかと思って」
「その考えで合ってるだろうね……まったく、ここの運営は毎回やってくれるよ」
あ……ナントさんがちょっと黒い……。βテストの時に何かあったのかな?
「とにかく、話を戻しますと、ホブゴブリン、それも魔法職の武器が貧弱なんですよね」
「いや……魔法職って大体そんなもんだよ? ホブゴブリンだけじゃないからね?」
「彼らもそんな事を言ってましたけど……そうなんですか?」
現代戦で喩えれば、魔法職は工兵みたいなものだろう? いくら工兵でも、拳銃ぐらいは持ってるよね?
「少なくとも人族の場合、魔法職には金属武器装備にペナルティがあるからね。通常の武器だと厳しいんだよ」
あ、やっぱりそういう制限があるんだ……あれ? けど、ケインさんたちは魔法も使うけど、普通に武器を装備してたよね?
「あれは祝福付きの武器を使ってるんだよ。資金に余裕がある場合にはお勧めだね」
「祝福……ですか?」
「うん。NPCの協会関係者にお布施を払って武器を祝福してもらうと、ペナルティが消えるんだよ……高いけどね。けど、他のゲームではペナルティが大きくて実質装備不可だったから、SROは優しい方だね」
へぇ……そうなんだ。
「お布施を払えない魔法職はどうしてるんですか?」
「短剣程度ならペナルティは付かないけど、それ以上に大きい武器の場合は、ペナルティ覚悟で装備するか、すっぱりと諦めるか……モンスター素材で作る事もできるけどね」
「え? そんな事ができるんですか?」
「まぁね。ただ、今回のケースでは、今から武器を準備しても間に合わないんじゃないかい?」
「あ~……そうですね。けど、参考までに訊きますけど、ペナルティを考えないとしたら、駆け出しの魔法職にお勧めの武器って何ですか?」
僕の場合は主武器は杖、バグ・ナク、ボーラ、投石紐だから問題は無い。可能性があるとしたらクロスボウだけど、万一の場合は投石紐とボーラで代用できる。バグ・ナクは小さいから問題にならないんじゃないかな?
けど、メイとニアはそうはいかないだろう。モンスター素材で武器が作れるのなら、素材くらい提供しても良いしね。
「う~ん……離れた位置では魔法を使う方が好いだろうしねぇ……近接武器なら……魔法職なら杖は持ってるだろうけど……杖術のスキルを持つ者はそんなにいないだろうしねぇ……」
う~ん……あの二人、プレーリーウルフ程度で硬直してたしなぁ……接近戦は難しいだろう……拳銃は当然ペナルティの対象だろうし、第一、あるのかな?
他には……あ……
「ナントさん。手榴弾ってありませんか?」
あれ? ナントさんったら、また固まっちゃったよ。
二杯目を呷ってナントさんが復帰したのは、その少し後だった。
(まったく……この子はなんて事を考えるんだろうね。……そりゃ、異世界もののラノベなんかじゃ火薬チートは定番だけど、ゲームでやるのは無理なんじゃないか? 火薬の作り方はゲームで覚えました、なんて事になったら世間が黙っていないだろう。いくら面白優先の運営でも、そこまで危ない橋は渡らないだろう)
「ゲーム内で火薬を作るなんて事は、教育に悪いんじゃないかな?」
「いえ、火薬でなくても魔石か何かで同じような効果を出せませんか?」
「魔石ねぇ……確かに魔力を蓄えておけるみたいだけど……魔力を一気に解放する使い方は聞いた事がないね。運営の性格を考えると恐らく、いや多分そういう使い方もあるんだろうけど……開発するには時間がかかるんじゃないかい?」
そこまで言った後、ナントさんはしばらく口を噤んで考え込んでいたけど、やがて改めて話し出した。
「それに魔石は貴重品だからね、消耗品のような使い方はしないと思うよ」
「そうですか……それじゃあ、硫酸みたいな刺激性の薬品か……トウガラシの粉とか……あとは目潰しなんかかな? あ、火炎瓶なんかもありか」
「……トウガラシや目潰しは使えるかもね。けど、目や鼻に確実に当てないと、敵意を煽るだけに終わるよ? いや、それ以前に、香辛料ってSROでは同量の金と同じくらい高いから」
あ……その可能性を考えてなかった。確かに、中世ヨーロッパあたりを下敷きにしているんなら、そういう可能性はあるか……。
「コストが高くなりすぎますか……」
「それと……火炎瓶を投げるくらいなら、火魔法で攻撃した方が早くないかい?」
さすが……ナントさんは色々と考えてくれるなぁ……。