第二十八章 トンの町 7.バランド薬剤店
ギルドへの報告を終えた僕は、その足でバランド師匠の許を訪れた。
「ふむ……大変な事になったようじゃの」
「あ、もうギルドからの連絡が?」
「あぁ、先ほど魔道具を通じての」
魔道具まで使ったのか。ギルドはこの一件をかなり重視してるみたいだな。
「して、お主の方は何用じゃ?」
「あ、はい。こんな状況なんで手短に済ませますが、お訊ねしたい事は二つ……いえ、三つです」
「言うてみよ」
「はい。第一に、ポーションから抽出できる興奮剤系の薬剤ですが、今度の作戦に役立つでしょうか?」
僕がそう訊くと、師匠はしばらく考えていたが、やがて頭を振って否定した。
「興奮剤とは言うても、基本的には疲労を誤魔化すためのもんじゃ。今度の件は抑長期の行動を想定しておらん。必要はあるまいよ」
「解りました。では次に、人用の薬やポーションは、ホブゴブリンにも効くでしょうか?」
今度の質問は師匠にも予想外だったらしく、目を見開いていた。それでもしばらく考えてくれて、やがて返ってきた答えは……
「効くじゃろう。尤も、薬の中には体重によって処方量が異なってくるものもある。そういうものについては注意せねばなるまいが……基本的に問題無く効く筈じゃ」
ふぅん……。だったら、薬品やポーション類は多目に買っておいた方が良いな。原料となる薬草も売ってもらおう。僕が作れるのは等級外ポーションだけど、何かの足しにはなるかもしれないしね。
「して、シュウイよ、三つ目の問いとは何じゃ?」
「オークによく効く毒薬はありませんか?」
僕がそう訊ねると、師匠は予想していたように答えを返した。
「やはりそれを訊くか……薬師としては訊いて欲しくない問いなんじゃがのう……」
「……済みません、師匠。……ナントさんの店で訊いた方が良かったですか?」
少し恐縮してそう訊ねると、師匠は首を振って否定した。
「いや……ナントの店では必要なものは手に入るまい。それに、遅かれ早かれ知っておくべき内容ではあるしのう。……さて、それでは薬師の裏の仕事、毒薬について教えるとしようか」
……あれ? 師匠ってば、何かノリノリ?
「一口に毒薬と言っても、その効果は様々じゃ。何に注目するかによって、幾通りもの分け方がある。まず、どのようにして摂る――あるいは摂らせるかによって、飲ませて効果を現すもの、ガス状にして吸わせて効果を現すもの、触れた部分を侵蝕するもの、そして傷口から入って効果を現すもの、という分け方がある。今回お主が欲するのはどれじゃ?」
師匠の言葉に少し考える。今回の僕の位置取りは、いわば落ち穂拾いだ。主力の攻撃を逃げ延びた者を狩るのが仕事。だとすると、飲んで効果を現すタイプは使えそうにない。落ち武者どもにそんな余裕はないだろうしね。ガス状のものは効果が大きいけど、乱戦になったら危な過ぎる。疾走してくる相手がどれだけガスを吸ってくれるかも微妙だしね。侵蝕タイプは効果が接触部に限られるし……なら、傷口から打ち込むタイプしかないか。
師匠にそう答えると、しばらく考え込んでから再び口を開いた。
「次に、効果がすぐに現れるものと時間をかけて現れるものに分ける分け方があるが……今回は即効性のものという事でよかろうの?」
師匠の言葉に頷いておく。
「次じゃが……効果が全身に及ぶものと、傷口周辺に限られるもの、という分け方がある。これも全身症状を示すものでよいな?」
これも選択の余地は無いよね。
「そうすると……オークを倒せるほどの強さの毒となると、自ずと限られてくる」
うん……生物毒だと神経毒かな。……一酸化炭素や青酸はガスとして吸入させる方が使いやすいしなぁ……。神経毒なら蛇毒かイモガイの毒……あとはクラーレかアコニチンかなぁ……。
「お主の要求を満たすものは、いわゆる矢毒といわれておるものになる。じゃが、毒矢の扱いに慣れておらん、しかも薬師としても駆け出しのお主に扱えるかとなると、はなはだ心許無いものばかりじゃ」
それを言われると弱いな……。
「それらを考えると、即死毒ではなく麻痺毒が好いじゃろう。これならお主が扱いに失敗しても、解毒剤を処方する暇があろう。オークの方は、動けなくなったところを狩れば良いだけじゃ」
おおっ、さすが師匠。これ以上は無いほどの解答だね。
「師匠のお薦めはどれですか?」
そう訊ねると、師匠は二つの薬瓶を取り出して見せた。
「ツボクラル、それとテトロドンの毒じゃ。ツボクラルは異国の植物より抽出される毒、テトロドンは、これも異国の海の生き物より採れる毒じゃと聞く」
……ツボクラリンとテトロドトキシンかな。ツボクラリンはクラーレの一種で、確かツヅラフジ科の植物から採れた筈だ。テトロドトキシンはフグ毒として有名だけど、カリフォルニアイモリやヒョウモンダコ、スベスベマンジュウガニなどからも採れた筈だ。
「高価なものゆえ両方という訳にはゆかんが、いずれか一つをお主に預けよう」
「良いんですか?」
「構わぬ。場合が場合じゃし、必要分はギルドが支払うと言うておるでな」
あ……そういう事なんだ。じゃあ遠慮無く……
「ツボクラルの方をお借りします」
「ふむ……理由を聞いて良いかの?」
「え~と……ツボクラルという毒物が僕の知っている毒物の仲間なら、口から入った場合には毒性が無いんじゃないかと思うので」
確かクラーレには、経口摂取の場合に毒性を示さない、そのため毒矢で狩った獲物を食べても問題がないという利点があるって読んだ憶えがある。だから師匠にそう答えると、満足したように笑った。あ、これって、試験だったのか。
ともあれ、こうして僕はオークに対する武器を一つ手に入れた。ついでにポーション類の補充もしておいた。
明日発売の月刊バーズ6月号から、本作のコミカライズ版が連載開始となります。
表紙&巻頭カラーでの掲載となりますので、よろしければお手にとって下さい。