第二十八章 トンの町 6.ギルドマスターの決断
本話で百話めになるようです。記念すべきその本話、VRゲームとしては、ある意味で異色の展開かも知れません。
トンの町の冒険者ギルドマスター室。そこでシュウイは、依頼された調査の結果についてギルドマスターに報告していた。
「確認するが……お前に向かって来たオークは、何も考えてねぇように突っ込んで来たんだな?」
「はい、突撃馬鹿って感じでしたね」
「その……ホブゴブリンとかってのと争っていたオークはどうだ?」
なぜ、そんなにオークの闘い方を気にするんだろう。ホブゴブリンとの共闘の方が重要な問題なんじゃないかと思うけど、何か理由があるんだろう。ここは素直に答えておこう。あの時の状況を思い出して……
「う~ん……やっぱり工夫があるようには見えませんでしたね。前衛と後衛に別れているように見えましたけど、闘い方にも武器にも違いがあるようには見えませんでした。今考えると、あれって単に先に突っ込んで行ったやつらが前衛っぽく見えただけのような気もしてきました」
「それでも、全部が一斉に突っ込んで行くような事はしなかったんだな?」
「ええ。もしそうしていたら、ホブゴブリンたちに瞬殺されていたでしょうけど」
そう答えると、ギルドマスターはふむと唸って考え込んだ。……え~と、僕、まだいなきゃ駄目なのかな。
そう考えていると、ギルドマスターはようやく顔を上げた。
「済まんな。ちと考えにゃならん事があったんでな。だがその前に、納得のいかねぇ顔をしてるみてぇだから、説明しておこうか」
そう言ってギルドマスターが僕に説明してくれたのは、SRO世界におけるオークの生態だった。ある程度大きな群れにはオークリーダーが誕生する事があり、それがジェネラルを経てキングにまで成長するらしい。ここで面白いのは、成長のためには個体の素質以前に、群れの大きさが重要らしい。
「……で、キングにまで成長すると別の厄介さが出てきてな。キングのいる群れはリーダーやらジェネラルやらメイジやらが誕生しやすいんだよ。まぁ、オークメイジはキングの護衛みたいなもんだが、リーダーやらジェネラルが率いる群れは統率がとれててな、戦術的な行動もとるんで厄介さが跳ね上がるんだ。仮にキングを始末しても、リーダーやジェネラルに率いられた小隊が残ると、新たなキングに成長しやすいしな」
ギルドマスターが言うには、僕が見た群れは戦闘方法が未熟だった事から、オークリーダーはいなかったと見るのが妥当らしい。あれ? でも、杖を持った魔法使いっぽいのがいたよね?
「あぁ、キングが生み出すのはメイジ、リーダー、ジェネラルの順だからな。先遣隊に偶々参加していたんだろうよ」
で、今はそうでも時間が経つとリーダーやジェネラルが生まれてくる可能性が高くなる。そうなる前に一刻も早く数を減らす必要があるのだという。
「数を減らすのが最優先なんですか?」
「あぁ。そりゃ、キングを狩れりゃ万々歳だけどよ。そうしなくても、数さえ減らせばキングは少数の取り巻きだけを連れて逃げ出す可能性が高いしな。そうすりゃしばらくの間は安泰って事だ」
「でも、雑魚オークは逃げずに向かって来ますかね?」
「雑魚ってお前……いや、まぁ、一応そのための秘策はあるんだ」
そっちは何か手立てがあるんだ……だったら。
「ホブゴブリンたちとの共闘の件はどうします?」
「あぁ……一応伝えてはおくが……正直言って、肩を並べて闘うなんてぇのは多分無理だぞ?」
「あ、じゃあ、僕も彼らと一緒に主力の反対側に待ち伏せて、逃げ出すオークを狩りますね?」
「……そう言やぁ、まだ坊主はFクラスだったな。戦果が派手なんで忘れてたわ。普通ならFクラスなんて駆け出しは参加させねぇんだが……お前さんは『異邦人』だし、腕の方も立ちそうだからな。まぁ良いだろう」
うん、結構大がかりな……これはクエストじゃないかな? 相手がオークだから茜ちゃんや要ちゃんは駄目だろうけど、匠には報せてやるか……。
「で、お前さんを残した理由なんだが、今回は全員がきっちりと儂の命令どおりに動いてもらわんと失敗するんでな、『異邦人』への連絡は無しにしてもらうぜ。あいつらは自分勝手に動きやがるんでな。作戦決行は明後日になるが、参加するパーティはギルドの方で指名する――お前さんも含めてな」
ギルドマスターがそう言った途端に、ポーンと言う電子音と共に空中にウィンドウが現れた。
《拠点防衛クエスト「トンの町防衛戦~オークキング討伐戦」が開始されます》
《プレイヤー「シュウイ」はクエストへの参加を表明しました》
《このクエストは、ギルドによる情報統制案件に指定されました。情報が漏れた場合、非常に高い確率でクエストは失敗します》
おぉ……これって秘密クエストというやつか。匠たちには教えられないな。
「道具屋のナントさんや、薬剤店のバランドさんにも内緒ですか?」
「いや、あの二人には手伝ってもらう事があるんでな。ギルドの方から説明しておく。坊主が何か相談してぇってんなら構わねぇぞ?」
うん。バランド師匠には相談に乗ってもらいたい事もあったんだよね。他に何かあったかな……あ、そうだ。
「済みません。オークが持っていた槍ですけど、『異邦人』が落としたものらしいんです。ギルドの方から返却してもらえますか?」
プレイヤーを置き去りにしてイベントが進んでいきます。SROのメインAI――一種のシミュレーター――がそう決めたという事で。