第1話 16年前の事件
研究室を赤いライトが点滅し、けたたましく警報が響き渡る。
「早くどうにかしろ!」
「強制中断実行中です!」
「駄目です、これ以上持ちません!」
「第4ブロックを閉鎖しろ!」
「なにッ! 扉が破られた!」
「グワー」
「命だけは、どう・・・・・」
「死にたくない、ギャーー」
今、政府の研究施設は大混乱に陥っている。極秘に進めてきた、人間改造計画の実験体、約1000人が逃げ出そうとしているのだ。
人間改造計画とは、未来に起こると予想される大気汚染、海面上昇、気温の上昇、土地の砂漠化などに対抗するための、プロジェクトだ。この実験により、今の人間よりも遥かに運動能力が高く、環境適応性や体の頑丈さがけた違いになるまで仕上げることができた。そして最終段階として、後は人肉以外から栄養を摂取できるようにするだけ!
しかし、ここで予想外の事態が起こる。体を強化するための核を複数個入れる実験中、実験体が突然暴走し始めたのだ。それにより、カプセルの中で眠っていた他の実験体も目を覚まし、大暴動へと発展してしまったのだ。個々の力が高い実験体のせいで、絶望的な状況だ。
「撃て! 撃てーーー!!」
「ここで何としても!局長はお逃げ下さい!」
「だめだ! 実験段階で付けた機能が仇になってやがる」
「く、来るな~~~~~! 死ねーー!!」
「――――さん! あなたは生きるべきだ!」
実験体には、防衛用の機能が備わっている。肩甲骨を剣状や盾上の捕食機関に変化させるのだ。そのせいで次々に研究員が殺されている。
(後少しで・・・ここで終わりか。儂の研究は結局実らんかったか)
実験体は、改造される事により小火器程度では死なない体になっている。さらに運動能力も飛躍的に向上している。そのせいで、施設の防衛装備では歯が立たず研究員たちは、次々に殺され喰われている。最小限の食事だけで済ましていたせいで、目も向けられない事態に陥っている。
「局長! もう持ちません! 逃げましょう!」
「グハッ!」
「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」
「――――さん早くこっちに!」
部下たちが必死に訴えかけてきているが、儂に逃げる権利などないだろう。
思えば、この研究を始めたのは18歳からとずいぶん長かった。一生をこの研究にかけてきたと言っても過言ではないだろう。実験では、たくさん人の命を奪ってきた。数百どころでは無く、数千は殺しているだろう。人生を10000以上奪ってきたのだ。いくら研究のためとは殺しすぎた。これは当然の報いなのだろう。
実験体が指令室まで入り込み、目の前で研究員が殺される。不思議と恐怖は無い。今までおびただしい数の死を見てきたせいで、感覚が鈍っているのだろうか?
(今まで本当にすまなかった。でも――――――の場所だけは教えておくんじゃったな)
心から謝ると同時に儂は命を散らした。これでいいのだ。
16年後
僕は桐生護、高校二年生だ。16年前の事件は今でも良く話題に出てくる。それに僕の父が研究員だったことから、周囲には出回っていない情報も僅かながら掴んでいる。特徴はこれと言ってないが、あえて挙げるとすれば眼鏡を掛けていることだ。小学2年生の時から視力が落ち眼鏡を掛け始めた、眼鏡男子だ!
今僕がいる場所は、橄欖の木という喫茶店だ。珈琲好きの僕を唸らせるクオリティをだす、僕の行きつけのお店だ。今では週4回は通っている。
そして、横でペラペラと喋っている男は僕の親友、天霧昇だ。いつも明るく、おしゃべりが大好きな僕とは全然違うけれど、不思議と気が合う。運命という奴だろう。いつも女性をナンパしているのはどうかと思うが・・・・。
「なーな、護は人喰のことどう思う?」
イーターとは人喰の、ヒューマンイーターを簡略化したものだ。世間一般ではこちらの呼び名が使われている。このイータは16年前に研究所から脱走した生物のことを刺す。そして、イーターの特徴は
・人肉からしか栄養を摂取する事が出来ない。食べても消化されない
・肩甲骨から捕食器官の胛を出して戦う
・人間とそっくり
・身体能力が異常に高い
・小火器程度では倒せない
・心臓の近くに核と呼ばれる力の源がある
・子孫を残すことも可能
・再生能力が異常
・戦闘時になると髪が白くなる
などがある。
胛とは、人喰特有の捕食器官の事で、攻撃性に優れ再生能力や伸縮性が高い赤胛・防御性に優れ強度が高い青胛・二つの胛の特徴を併せ持つ紫胛・特殊な形状や能力を持つ(こっこう)が発見されており、黒胛→紫胛→青胛=赤胛の順に強いとされている。それぞれの胛は頭の漢字の色になっており、核も胛と同じ色であるとされる。核は心と共に成長していき、その核の大きさによって胛の強さが決まるらしい。たしか他にも分裂・硬化・軟化出来るようになっていた気がする。
そして厄介なのは実弾兵器が効かないことだ。体は特殊な細胞で構成されており、異常に強いのだ。しかし対応策はある。フェイクの心臓の横にある核を加工して作られる武器ニュークリアスウェポン『通称NW』を作る事により、硬い皮膚を切り裂くことができるのだ。
そして、NWを使用しフェイクを倒す部隊、正道局により安全が確立されている。しかしそれでも人喰による死者が年間20000人以上にも上っている。本当はもっと死んでいるかも知れない。しかも年々被害は増大しているようだ。
イーターは、人の形をした化け物・人類の敵・人の偽物などと呼ばれているが、どれが正しいのかは分からない。それでも、人間の敵ということは明らかだろう。
「あったことがないから良く分からないけど、殺人は良くないだろうね」
「おまえのんきだなーー! もしかしたらお隣さんや、俺とかもイーターかもしんねーんだぞ」
「全人口から見れば、狙われる確率なんてごく僅かだろ?」
「そういうやつに限って狙われるんだよ」
「アッ! 来たぞ!」
「シッ! ばれるだろ」
今横を通った女性は個々の常連さんで、僕が一目ぼれしてしまった朝霧麗だ。名前はレジで会話していた時に、たまたま聞く事が出来たのだ!
彼女はいつも道理珈琲を頼み、いつもの席に座る。それをいつも道理僕が眺め、いつも道理何も会話することなく終える事だろう。
しかし今日はいつもとは少し違うハプニングが起こることを、僕はまだ知らない。