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かりんの視点 (『いつか終る日』 おまけ①)

作者: 孤独堂

 「ちょっと何やってるんですか。かりんさん!」

 みさこがかりんのスマホを覗き込んで叫んだ。

 「え、メッセージなら誰にもは読まれないでしょ?」

 夜七時を過ぎて外はもう暗くなって来ていた。

 かりんとみさこは地元アイドルグループ『空色ガールズ』のメンバーで、打ち合わせを終え運営事務所から、それぞれの家に帰る途中だった。

 かりんは高校三年。みさこはまた違う女子高の二年である。

 二日程前、かりんの従兄弟がツイッターでかりんが『空色ガールズ(通称・空ガ)』を辞める事をツイートした。常時検索している運営が直ぐに気付き、かりんの両親を介して直ぐにツイートは削除されたが、一部ファンには読まれてしまったのだ。

 かりんが大学の受験勉強を期に辞める。次の定期ライブで卒業発表をするということはまだ秘密の事だった。

 「駄目ですよ。秘密の事なのにファンの人に教えたら」

 みさこが真面目な顔でかりんに言った。

 先程ファンの一人から公式のツイッターに、卒業の件で質問が来た。その時は答えられないと返したが、それは本当のかりんの気持ちではなかった。

 「雪虫さんさぁ」

 「ゆきむし?」

 かりんの言葉にみさこが聞き返す。

 かりんはみさこの方にスマホを向けて見せた。

 「あーさっきのファンの人?」

 「そう。雪虫さんさ、結構ちょこちょこファボやリプしてくれてるんだよね。みさちゃんのもでしょ? フォロー見たらメンバー全員フォローしてくれてる」

 「へー」

 「結構私達ちゃんと、ファンの事を見てないよね。きっと、雪虫さんと会った事だってあるんだよ。でも全然顔も分らないよ」

 「それは考えすぎですよ。ファン全員の事覚えてたら逆に凄すぎです」

 「そりゃそうなんだけど、ファンの人達は私達一人一人をちゃんと見ているのに、私達はファンの人達を漠然としか見てないなーと」

「そういうもんですよ」

 不満気に言うかりんに、みさこがキッパリと言い返す。

「そうかなー? 私、もう直ぐ辞めるからかも知れないけれど、なんかファンに嘘ついちゃいけない気がして来た。それにさー質問して来たの雪虫さんだけだよ。それが多いのか少ないのかは分らないけれど、少なくともこの人にとっては、これは一大事だったんだよ」

 「『空ガ』にとっても一大事ですよ。かりんさんが辞めちゃうのは」

 すかさずこれもキッパリと言い返すみさこ。

 その時かりんのツイッターにメッセージが届いた。


 「うわー、辞めないでだって」

 かりんは届いたばかりのメッセージを早速開いて読み始めると、嬉しそうにそう言った。

 ファンの雪虫がメッセージを返して来たのだ。

 みさこも横から覗き込む。

 「そうですよ、辞めないでくださいよ。かりんさん」

 ここぞとばかりに言うみさこ。

 「何言ってんの。運営にも、メンバーにもちゃんと言って決まった事なんだから」

 「でも、かりんさんが辞めて、私がリーダーになるなんて、全く自信ないんですよ」

 今にも泣きそうな、不安そうな顔のみさこを見て、慌ててかりんは満面の笑顔で言った。

 「大丈夫! 私が出来たんだから、みさちゃんにも出来るよ! 次の定期ライブは私も精一杯頑張って盛り上げるから。みさちゃんも他のメンバーも、不安にならないようにファン煽って盛り上げるから」

 そう言うとかりんは先程のファンからのメッセージに返信を書き始めた。

 「普通の生活に戻るとか。アイドルが嫌になったんですか?」

 みさこが、かりんの書く文章を脇から覗いて、読みながら尋ねる。

 「嫌いじゃないよー。面白かった♪ でも、一生を考えるとね。大学行ってやりたい事、なりたいものもあるし。みさちゃんには悪いけれど、地元アイドルの将来についての不安とかもあるの。『空ガ』は地元から全国区に出られるのかな? 地元で埋もれて終わっちゃうのかな? とか」

 みさこはそれに対して何も言えずに、黙って聞いていた。

 「あーこの不安を誰かに吸い取って貰いたいーとか思った事もあったよ」

 「私もそういう気持ちはありますよ」

 かりんのその言葉には、みさこも急に真面目な顔をして返した。

 かりんは文章を打ち終え、送信するとスマホからみさこの真剣そうな顔の方へ向き直った。

 「ごめん。分ってるけど助けてあげられない。私一人じゃ皆の不安を解消してはあげられない」

 申し訳なさそうに、しかしどう仕様も出来ないといった表情で、かりんは言った。

 「いいんですよ。分ってます」

 そう言うみさこの瞳には、薄っすら涙が溢れて来ていた。

 かりんだけではなく、みさこも、地元アイドルの先行き、将来に漠然と不安を持っていたのだ。


 拭いきれない不安を抱えながら、かりんとみさこは家路を別れ、お互い別々の家に着く頃。

 またもや雪虫からのメッセージが、かりんのツイッターに届いた。

 〈定期ライブ必ず行きます。最高のライブにしましょう!〉




  八月末日・日曜・東北中堅都市の某ライブハウス

 「行くよ!」

 かりんの声に合わせてメンバーがステージに上がって行く。

 「え?」

 最初に登場したメンバーのゆーなが声を出した。

 「何で?」

 メンバーのこよりん。

 「うわー♪」

 メンバー最年少のいすゞ。

 ステージ中央に進むメンバーが口々に声を上げる。

 次に袖から出て来たみさこが、ステージに立ち、驚いてかりんを手招きした。

 何事かと最後にステージに出て来たかりんが、会場全体を見回す。

 満員だ。

 お客さんがギュウギュウ詰めに入っている。330~350人位は入っている感じだ。

 「いすゞちゃ~ん!」

 「かりんちゃーん!」

 「みさちゃ~ん♪」

 「ゆーな!」

 「こより~ん♪」

 観客のメンバーを呼ぶ声の勢いも、いつもの三倍位はあろうか。

 みさこがかりんに耳打ちする。

 「一体どうしたの?」

 「わからない。どーしたんだろう急に」

 あまりの観客の多さと勢いにメンバーは一瞬たじろいだ。

 しかし、これは望んでいた光景だ。夢に見た光景だ。

 今この瞬間、大勢のお客さんに囲まれ、支えられているという現実。

 「もしかすると…ありがとう。雪虫さん」

 かりんは目をキラキラと輝かせ、ステージから客席全体を見回しながら、小声でそう呟くと、マイクを口元から離して精一杯の声で話した。

 「みなさんありがとうございます! 私達」

 かりんの言葉に続いてメンバーが一斉に言う。

 「空色ガールズでーす♪」

 「「「 オーーー! 」」」

 その瞬間怒号のような歓声がライブハウスを包み込んだ。

 そして観客が一斉にペンライトをオレンジ色に変えて、腕を振り上げる。


 かりんの色だ。




                   おわり

読んで頂いて、有難うございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おお!こちらが「いつか終わる日」の!コンプリート出来ました。作者さんの優しさが伝わりますね。「よかったじゃん」世界は変わらないけれど思いは伝わる。書く意味があります。優しい作者さんです。読…
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