第十話 4
「今日の晩飯どうする?」
西田が僕の下宿で訊いてきた。
「飯を炊いて、レトルトカレーでもかけて食おうか?」
「そうだな。レトルトだと百円だし、安上がりでいいね」
「うん」
「でも、ニンニクとサフランと乾燥バジルと鶏肉はあるから、スープと野菜炒めは作るよ」
「そうしよっか」
なんだかんだ手抜きはしても、二人とも料理は好きだった。
学生の頃というと、ほとんどの学生が、時間はあるが金は無いという経験をしていると思うが、僕たちも例外ではなかった。調理実習があるときは、なんとか昼飯にはありつけていたが、調理実習の無い日は悲惨だった。
僕は上京してすぐ、イタリアンレストランでアルバイトをしていたのだが、ありがたいことだけど、さすがに毎夜スパゲッティを賄いで出されると、お終いには身体が拒否反応を示すようになり、スパゲッティを食べると体中に蕁麻疹が出るようになった。それで泣く泣くアルバイトを辞めたのだった。渋々ながらも学費は払ってくれてはいたのだが、料理学校なんて行かなくていいと上京に反対した父親の手前もあって、家賃と生活費は自分で稼がなくてはならない生活苦にあったのだが、挫折して高知へ舞い戻ろうという気は全然なかった。
だからイタリアンレストランを辞めなくてはならない状況になっても、それはそれでまた違う体験が出来るのだからと前向きに捉えて、今度は日本料理店で配膳係をすることにした。本当は厨房で働きたかったのだが、専門学校を卒業してから来いと店長に言われたので、そのつもりでいたのに、今度は経営不振で店が潰れてしまった。
それで、西田が見つけてきた土方のアルバイトをすることになって、前よりも割がいいので助かったと思っていたんだけれど、普通に食べていた賄いを食べられなくなってしまったのは、正直言ってきつかった。金がなくても腹が太っていた以前と違って、常時腹が減っていても力仕事をしているという極限状態に陥っていた。当然のごとく、僕は日増しにやせ細っていった。しかも、地元では名の知れた会社の社長の息子である西田も、なんでだか僕と同じような境遇にあった。
「あのさ、なんでお前まで俺と同じように貧乏なわけ? お前の親父さんの会社って結構大きい会社じゃん。仕送りしてもらえよ」
「そんなことできるもんか! だって、せっかく受かった大学を辞めて、家出同然で東京に出てきたんだから。それに、周りが思うほどいい会社でもなんでもないんだよ。常に経営難なんだから」
「えー、そうなんだ……」
「親父が祖父ちゃんに反発して一代で築いた会社だし、そこまで盤石でもないんだよ」
「もしかして、学費も自分で払ってるのか?」
「うん。でもな、去年アルバイトして貯めた金があるから、今のところなんとかなってる」
「ふーん。なんだか俺たちって、ほんとに似た者同士なんだな」
「そうだな」
「でも、工学部に通ってたお前が、なんで料理人になりたいと思ったんだよ? 俺はさ、昔から料理人以外の道は考えてなかったけどさ。何か心境の変化でもあったのか?」
「いや、昔から、俺も料理に興味があったんだよ。機械工学のほうが合ってなかったんだよ」
「えー? ほんとに? でも、お前、物理も数学もすごい成績が良かったじゃん」
「学校の成績と就きたい職業は関係ない」
「そっか」
「昔さ、祖父ちゃんに話を聞いたことがあってさ、祖父ちゃんは満州育ちなんだけど、日本が戦争に負けたから、日本人は満州から帰国しなければならなくなって、大混乱になってときがあったんだよ。その帰国する前日に、お世話になった中国人に偶然再会することが出来て、別れを惜しんでありったけの食材を使ってご馳走してくれたことがあったんだって。そのときの料理の味が忘れられないと言ってた。祖父ちゃんは、食は大事だといつも言ってたよ。人と人とを笑顔で結びつけるものだと言ってた。だから、何かにかこつけて、祖父ちゃんはご馳走を作って、みんなに振る舞ってた。祖父ちゃんの料理は美味かったし、みんなが喜ぶ顔を見て幸せそうな顔をしている祖父ちゃんが好きだった。俺は親父より祖父ちゃんに似てるのかもな」
「そうだったんだ」
「うん」
「俺もお前とおんなじだよ。まぁ、俺は祖父ちゃんじゃなくて、頑固親父に似てるんだと思うけどな」
西田とはそんな話をして笑い合い、土方のアルバイトも一緒にしたり、高知に帰省するときも、東京駅から高知まで夜行バスで一緒に仲良く帰省したりして、本当に長い時間を共に過ごすようになっていた。




