第九話 10
次の日のシフトは僕が午前零時までのシフトになっていたので、午後十時に出勤してきた王さんと話をすることができて、僕は開口一番、「昨日は本当に輝がご迷惑を掛けてすみませんでした」と謝った。
「迷惑だなんて! 僕はとっても楽しかったです。輝君は息子みたいなものだから」
王さんのその有難い言葉を聞いて僕は思わず、目を潤ませた。どうして王さんはこんなにもとことん良い人なんだろう?
「店長、店長は確か、長男だと言ってましたよね?」
「ええ」
「僕も男ばっかりの四人兄弟で一番上なんですよ。しかも貧しくて、食べる物も満足にない家庭に育ったから、一番上の僕が我慢して当たり前だったんです。だから、輝くんの気持ちが良く分かってしまって……」
「そうですよね……。僕も弟がいて、親に叱られるときはいつも僕ばっかりだったから、輝の気持ちも良く分かってたはずなのに、いつの間にか輝ばっかり我慢させてしまって、本当に親として失格です」
「僕もそうですよ。僕も親として失格です。だって、傍にいてやれなかったんだから」
「……」
僕は王さんのその言葉を聞いて、胸が締め付けられた。そうだ、僕には傍にいてくれる家族がいるだけで王さんより何倍も幸せだと思う。
「でも、謝らなければならないのは、店長ではなくて僕のほうなんです」
「?」
「今月末でお店を辞めさせてください」
「え?」
「僕の後は劉に頼んであるから大丈夫です。劉もやりたがっていたし……」
「も、もしかして、中国に帰られるんですか?」
「はい。やっと帰れる目途がつきました」
「それは良かった!」
「妻も息子もすごく喜んでくれました」
「それはそうでしょう! 良かったですね!」
その王さんとの会話を寝る前に佐都子にして、びっくりさせてやろうと思ったら、佐都子がもっとびっくりするようなことを言った。
「あのね、輝が話してくれたんだけど、王さんて、自分と奥さんのご両親に一軒ずつ家を買ってあげて、自分も家付きのハンバーガーショップを買うことができたから、中国に帰ることにしたんだって。凄いでしょーっ!!!」
「えーっ!? 家を三軒を買ったってことっ!?」
「うん、そうみたい」
「す、すげー」
「だって、苦節十五年だもの」
「そ、そうだね……」
「しかし、あのケチっぷりはすごいわ。私の上をいくもの。ほんとに大したもんだわ! でも同士が去るのは淋しいね……」
佐都子は興奮しながらも、ちょっぴり顔をしかめて言った。
異国に来て生活するだけでも大変なことである。王さんの栄光は、苦労をものともせず、ずっと戦って来たからこそ得られた結果なのだろう。人間はやっぱり自分のためじゃなくて、誰かのためだと頑張れるんだろうな。殊に家族のためだとどうしてこんなに頑張れるんだろう? 頑張った結果を喜んでくれる人がいるのは、やはり幸せなことだからなんだろう。
でも、王さんが帰国して一番淋しがったのはやっぱり輝で、輝はお別れするとき、王さんにしがみついて泣いていた。王さんも見たことがないくらい顔を歪め、涙を流して、輝を抱きしめていた。王さんを見送った後、僕は輝の手を握りしめ、彼の頭をクシャクシャに撫でていた。
「挑戦者のみもらえるご褒美~」と宇多田ヒカルが歌ってたけど、そんな人が実際に身近にいるなんて驚きだった。しかし、自分ももっと頑張ろうと勇気づけられたのだった。




