第九話 5
「電話帳は役に立ってますか?」
佐都子が王さんに訊いた。
「ええ、ありがとうございます。すごく役に立ってます。布巾や雑巾の代わりにもなるし……」
「古い天ぷら油も染みこませられるものね」
「ああそうですね……。でも、僕は古い油は捨てないんですよ」
「あ、そう言えば、王さん、確かお店の廃棄油も持って帰ってたよね?」
僕が言った。
「はい、頂いて帰ってます」
「何に使うのか不思議だったんだけど、もしかして、アルコールランプみたいに、燃料にしてるとか?」
僕は訝りながらもそう訊いてみたら、王さんは「そんな訳ないじゃないですか!」と驚いた口調で言った。
「石鹸を作ってるんですよ。苛性ソーダを使うから少し危険だけど、でも無添加だから身体にもいいし、頭も洗ってます。洗った後もしっとりしていて、すごく良い感じなんですよ。刻んで粉にして洗濯にも使ってます」
「えーっ?」
「牛乳パック一本分で大体百円くらいで出来ます」
「牛乳パック一本分の石鹸ってかなりな量だよね……」
「はい。だから、洗剤代わりにもしてるんですよ。でも、店長が言ったみたいに、ランプもいいですね。ランプにするなんて思い付かなかったな」
ランプより、石鹸を作ってるほうがびっくりするんだけど……。
「ああ、そう言えば、この間、キャンプに役に立つかなと思って、インターネットで手作りランプの作り方を見てたんだった……。確か、ジュースの空き缶をぶった切って、底に穴を空けて、ティッシュを芯にして通して、それを廃油を入れた金属のボールに浸しただけのランプだったわ。あれだったら、簡単に作れるんじゃない? ティッシュはもったいないから芯は電話帳の紙にすればいいし、しかもお店で大量に廃油が出るし、もってこいじゃない?」
佐都子が嬉しそうに言った。
「いや~、ほんとですねぇ。今度やってみます。いいこと聞いたなぁ」
「でも、火事にならないように気を付けなくちゃね」
僕がそう言うと、王さんは「はい」と答えた。
カレーうどんをみんなで大騒ぎしながら食べた後、その後、僕が昨日作ったブドウや苺や梨や柿や蜜柑やリンゴのフルーツてんこ盛りのケーキをコーヒーと一緒に王さんに出したら、王さんはものすごく感激していた。何度も何度も「ありがとうございます!」とお礼を言ってくれた。今日、王さんが家に来ることを知らなかったから、たまたまとはいえ、昨日このフルーツケーキを作っておいて本当に良かったと思った。あれだけ一生懸命働いてくれる王さんなんだから、このくらいのお礼ならお安いご用である。
「日本はやっぱり豊かですね……」
王さんはフルーツケーキを見ながらしみじみ言った。
「そうですかね。でもお金持ちだらけでもなくて、みんな中流って感じがしますよ」
「いや、豊かですよ。中国はやっぱり貧富の差が激しいです」
「そうなんですか……」
「ええ」
「王さん、やっぱり中国に帰りたいですか?」
「はい」
「そりゃそうだよね。家族を置いて来ているんだから」
僕が暴れている子供たちを見ながら言うと、王さんもニコニコしながら子供たちを見て、でもやっぱり、「そうですね」と淋しそうに言った。佐都子の顔を見ると、佐都子も王さんを思いやっているのか、やはり少し悲しそうな顔をしていた。
そんな話をした後、佐都子は王さんを和室に案内した。和室に盛っていた我が家の不用品の山の中から、王さんに必要な物を選んで貰うつもりだった。しかし、なななんと、王さんはすべて持ち帰ってしまった。澪や光やはたまた佐都子の着れなくなった服でさえ、王さんは持ち去った。なんでも、中国の親戚たちにプレゼントするのだという。そんな王さんを見ていて、僕も佐都子も少しでも王さんに協力して、中国で家族と仲良く暮らすために一刻も早く帰国出来るように手伝いたいと思っていた。




