第九話 3
この間、周さんが熱を出して、店を休んだ日があった。その日は水元君の休みの日で、だから僕は朝からシフトに入っていてクタクタだったのだが、このまま、午前零時まで働こうとしていたら、いつものごとく佐都子が助け舟を出してくれた。
それで佐都子が店で働いてくれていたのだが、午後十時になって王さんが出勤してくると、王さんが「奥さん、はいどうぞ!」と柿をくれた。佐都子は普通に「まぁ、ありがとうございます」と言って、李君と玲子さんと三人で食べた。そのときは、別になんとも思わなかったそうなのだが、今度は玲子さんが病欠したときに代わりにシフトに入っていたら、王さんが蜜柑をくれたそうである。そのときも佐都子はありがたいと思っただけで、これまたなんとも思わなかったそうだが、三度目に王さんにバナナをもらったとき、さすがに佐都子は僕に訊いてきた。
「ねぇねぇ、なんで王さんはいつも果物をくれるの? 日本人だったら、温泉饅頭とか栗饅頭とか麩饅頭とかお菓子を差し入れしたりするでしょ?」
「ああ、あのね、李君が言ってたけど、中国で生の果物って珍しいんだって。庶民が食べる果物っていうと、だいたい缶詰なんだって」
「ふーん、そうなんだね……」
佐都子はそう言った後、急に考え込んで暫く黙っていたが、やがて涙ぐむと僕の顔を見て言った。
「じゃあ、王さんは自分が食べたいのもあるけど、みんなを喜ばせようとすごく気遣って差し入れしてくれてるんだね……」
「うん、そうだと思うよ」
僕は笑顔で佐都子の顔を見ながらそう言った。笑顔で佐都子の顔を見ながらも、王さんは実はとても倹約家であるという劉君の話を思い出して、僕も佐都子と二人でじーんとしていた。
王さんの従弟の劉君の話によると、王さんは一切贅沢をせずいつもギリギリの生活をしていて、しかも学校に通っていて学費がかかる劉君に対して二万円援助していて、残った給料の三分の一を中国の家族に仕送りし、三分の二を貯蓄と生活費に回しているらしい。上海出身の周さんは裕福な家庭の生まれらしく、親に仕送りしてもらっていると言っていたが、北京郊外出身の李君は来日当初持ってきた百万円をあっという間に使い果たし、大学が長期の休みになると朝から晩までシフトに入って学費と生活費を稼いでいた。
日本の大学生が楽しているとは思わないが、王さんを頼って来日した劉君は別にしても、異国に来て見知った人は一人もおらず、難しい日本語を習得して、生活苦に耐えて頑張っている王さんと李君を見ていると、自分も頑張らないとなといつも思わせられるのだった。佐都子にもその話をしたら、「あー、だから、この間、輝が王さんに古い電話帳をあげてたのね」と言った。
「え、なんで? 王さんが倹約家なのと電話帳とどう関係があるの?」
「古い電話帳を破いて、ティッシュ代わりに使ったりするのよ」
「えーっ?」
「紙だからなんでも使えるじゃない。天ぷらを揚げたときに油を吸わせたり出来るし……。そう言えばね、友達から教えてもらったんだけど、そうやって油を吸わせたり、湿らせてテーブルや床や窓を拭いた後、牛乳パックに貯めておいて、天ぷらを作った後の古くなった油をその牛乳パックに入れて、ガムテープで口を塞いでそのまま燃えるゴミに出したりするのよ」
「へー」
「そういえば、この間、炊飯器を買ったから古いヤツをリサイクルショップに売りに行こうと思ってたんだけど、王さんが欲しいって言ったら譲ってあげようかな。他にも処分したいものがいっぱいあるし、王さんにいるかどうか訊いてみようっと」
「節約」とか「お得」とか「割引」とか「クーポン」とか「激安」とか「プレゼント」とか「無料」とか「ただ」とかいう言葉をいつも嬉しそうに口にする佐都子って主婦の鏡なんだろうが、夫である僕としては、そういう人が妻であることをありがたいと思いながらも、もうちょっと仕事を頑張って楽させてやらなくちゃなと複雑な気持ちになるのだった。




