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東京の空の下で  作者: 早瀬 薫
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第八話 10

 佐都子は、月子さんが寝ている病室で武者小路の伯母様と向かい合って座っていた。その病院は、月子さんが飛び込んだ神田川沿いにある総合病院だった。伯母様は寝ている月子さんを起こさないように、静かに口を開いた。


「この子は可哀想な子で、生まれてすぐに父親を事故で亡くしました。だから、月子の母親、つまり私の妹は、月子を溺愛して育てていました。だからなのか、月子はあまり人付き合いの上手でない子だったようで、幼稚園に入ってもいつも友達に苛められては泣いて帰る日々を過ごしていました。そういう状況は、ますます母子を密着させるものになったようです。

 でも、ある日、妹は自分が不治の病に侵されていることを知りました。肺がんだったのです。まだ若かった妹の病は、あっという間に悪化し、彼女は三十二歳でこの世を去りました。月子はそのとき、まだ五歳でした。

 この間、通りで月子にばったり出逢ったときに、月子が手にしているものを一目見ただけで、私は悟ってしまったんです、月子は、母親に会いに行こうとしているのだと……。彼女が持っていたものは、妹が生前、好んでいたものばかりでした。

 佐都子さんは、月子が探し物をしているお手伝いをして下さっているとおっしゃってましたでしょう? 月子は亡くなった母親を探していたんですよ。かつて妹はこの病院に入院していました。二人で毎日のように会いに来ていたのですが、毎週土曜日になると私と月子は妹を喜ばせようと、彼女の好きなものばかりを買って会いに行きました。妹は余命幾ばくもなかったのですが、でも、亡くなった直接の原因は、病気ではなく自殺だったんです。自分の命がもう長くないことを悲観した妹は、いつも病室から眺めていた川に飛び込みました。川縁には脱いだ靴をちゃんと揃えていました。幼い月子はそれを覚えていたんですよ。自分の意識が届かないところで……。だから、裸足で川に飛び込めば、母親に会えるとでも思っていたんじゃないでしょうか」

 そう言って、月子さんの伯母様は涙を流し、佐都子もただ黙って涙を流した。


「私は余計なことをしたんでしょうか?」

「いいえ、それは違います。月子はもう過去の呪縛から解き放たれなきゃいけなかったんです。私も月子も佐都子さんにはすごく感謝しています」


 月子さんの伯母様は、そう静かに語った。


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