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東京の空の下で  作者: 早瀬 薫
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第八話 6

 それからというものの、それまでにもまして、佐都子は午後一時三十分になると、月子さんが家の前を通らないか、注意深く見張るようになった。でも、そういうときに限って、邪魔が入るものである。さっきまで大人しくしていた光が急にぐずり出したり、木曜日はちょうど小学生の子供たちが帰宅する時間だったりで、ドタバタと帰って来ては佐都子の注意力を削ぐのだった。もちろん、そういうときは僕の出番になるのだが、佐都子の代わりに慌てて店の外に飛び出て行って、月子さんが通ったかどうか、通りを確かめる日々が続いた。


 そんなことが一週間ばかり続いたかと思われたある日のこと、ついに月子さんが籠を片手に日傘をさし、これまたレースいっぱいのブリブリの純白のドレスを着て、半ば、つんのめったような姿勢で店の前をスタスタと歩いて通り過ぎようとしているところに遭遇した。彼女の足元を見ると裸足だった。これだけ着飾っているのに、足だけ裸足というのは、何回見ても見慣れない奇妙な光景だった。

 僕は慌てて自宅に戻り、光のオムツを替えている佐都子に、「急いで月子さんを追いかけなきゃ! 光は僕が面倒を見るから!」と促すと、佐都子は「分かった! ありがとう!」と言って、急いで月子さんの後を追った。


 月子さんは一心不乱にどこかに向かっていた。佐都子は月子さんの後にそっとついて行った。でも、佐都子がそっとしていようとしてなかろうとあんまり関係がないようだった。だって、月子さんは一度も後ろを振り返らなかったから。でも、しばらくしてそれも間違いだったことに佐都子は気付いた。


 コンビニの店長が昼食をうどん屋でとり、店からちょうど出てきたところに月子さんは出くわし、店長が月子さんに声を掛けようとしたのだが、佐都子はそうはさせまいと慌てて月子さんと店長の間に割って入った。だがしかし、月子さんの目には店長と佐都子の姿はまるで見えていないかのように振る舞った。月子さんは、やっぱり誰かに声を掛けられないと覚醒しないらしい。月子さんはうどん屋の前を無表情で通り過ぎ、それからまた五十メートルほど歩くと、急にぱたりと足を止めた。


 彼女が足を止めたのは、花屋の前だった。そして月子さんは無表情のまま、店の中に入ると色とりどりの綺麗な花の前を通り過ぎ、カスミソウだけが入ったブリキのバケツの前で足を止めた。そして店員さんを呼び止めると、「カスミソウを下さい。水色のリボンも付けてください」と言った。店員さんは、カスミソウだけの花束だと地味だと思ったのか、月子さんが他の花も注文するのを待っていたが、一向にその気配が感じられないので、訝りながらも花束を作り始めた。佐都子は、もういいだろうと思って、裸足の月子さんに声を掛けた、「月子さん、こんにちは」と。


「あら! 佐都子さん、こんにちは! 今日はご一緒にお茶する日でしたっけ?」

「そうですよ」

「分かりました。じゃあ、今からお伺いいたしますわ」

 そう言うと、月子さんはカスミソウの花束のことをすっかり忘れてしまったのか、そのまま花屋の外に出てしまった。佐都子は慌てて勘定をすませ、店員さんから花束を受け取ると月子さんと一緒に帰宅した。そして、いつものように月子さんは、十二回目の自己紹介を済ませた。そして、佐都子が持っているカスミソウの花束に気付いて、「まぁ、きれいですこと!」と言った。


「月子さん、カスミソウはお好きなの?」

「好きですわ。すごく好きですけど、一番好きってわけでもないです」

「あら、おかしいわね。だって、さっき、月子さんが花屋さんでこの花束を注文したんですよ」

「私がですか?」

「はい。月子さんが探しているものは、この花束じゃないんですか?」

「……」

 月子さんは急に困ったような顔になって、黙り込んでしまった。そしてしばらく考えた後、「多分、佐都子さんのおっしゃる通り、この花束を探していたんだと思いますわ。でも、まだ足りないものがあるような気がしますわ」と言った。

「そうなんですか?」

「ええ。だって、なんだかしっくり来ませんもの」

「……」


「もう、がっくりしちゃった……」

 月子さんの探しているものをやっと見つけられたと思っていたのに、ぬか喜びだと分かった佐都子は、食卓の向こうで、そう僕に話しかけた。

「はー、ご苦労さん」

「また、見張ってなきゃいけないのかな」

「そうだろうね。僕が代わってあげようか?」

「そうしてほしいかも」

「だったら、今度、月子さんを見かけたらそう言って。佐都子だって、毎日、家事や子育てで疲れてるんだから」

「うん、ありがとう……」


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