第八話 5
「私、月子といいます」
月子さんは今日も鞄代わりにいつも持ち歩いている籐の籠を床の上にそっと置くと、通算十一回目の自己紹介をした。
「美しい満月の夜に生まれたからなんですの。母がそう申しておりました」
「そうなんですか。とっても素敵なお名前ですね」
「そうでしょう? 私も気に入っておりますの」
そう言って、二人は笑顔でケーキを頬張りながら、ミルクティーを口にした。
「それでね、佐都子さん」
「はい」
「今日はね、佐都子さんにお願いがあるんですの」
「あら、珍しい。月子さんがお願いだなんて。今まで一度もそんなことを言ったことがなかったじゃないですか」
「そうでしたかしら?」
「そうですよ」
「それでね、こんなこと、佐都子さんにしかお願いできないんですの」
「どんなお願いかしら? 私にできることならなんでもおっしゃってくださいな」
「まぁ、嬉しい! やっぱり、さすがの佐都子さんですわ! あのね、私、ずっと探し物をしているんですの」
「そうなんですか?」
「ええ」
「もしかして、それを探すお手伝いをするのかしら?」
「それがですね、私にも分からないんですの」
「は?」
「何を探してるのか分かりませんの」
「どういうことかしら?」
「絶対探さなくちゃいけないと思って、急いで外に探しに出掛けるんですけど、いつも何を探しているのか途中で分からなくなるんですの」
「そ、そうなんですか……」
「ええ」
「月子さんはいつも何かを探すために、外を出歩いているのかしら?」
「そうだと思いますわ。だから、佐都子さんに私が何を探しているのか、探してほしいんですの」
このやり取りをしたその日の夜、佐都子はずっと頭を抱えていた。そして、僕に助けを求めるように呟いた。
「そんなことを言われたって、どうすりゃいいの……」
「はー、今回ばかりは困ったもんだね……」
「うん」
「ねぇ、月子さんて、どうして途中で探してるものが分からなくなるのかな?」
「私に訊かれたって、分かんないよ」
「でも、家を出るときは分かってるんだよね?」
「そうなんだろうね……」
「それで途中で正気に戻って、分かんなくなってるような気がする」
「そうかもしれないね」
「どうして正気に戻るんだろう?」
「あ、もしかして、私が途中で、月子さんに声を掛けて、うちに呼んでお茶してるからかも……」
「なんで、佐都子は月子さんに声を掛けてるの?」
「だって、裸足で歩いているんだもの。みんな、びっくりして振り返って、月子さんのことを見てるんだから」
「じゃあ、目的地に着くまで声を掛けないで後ろからついていったら? それで、月子さんが危険なことをしそうだったら、そのときに声を掛けたらいいじゃん」
「ああ、そうだね! 一樹って頭いいね!」
「今頃気付いたか」
「うん、今頃気付いた」
「なんか、この間も二人で同じような会話をしてたような気がする」
「そうだったっけ?」
「うん」
そう言って、いつものように、九百八十円のワインを飲みながら二人で笑った。




