第八話 2
月子さんがうちの店で佐都子とお茶するようになったのは、今から約二か月前のことである。それまでは、二人は面識がなかった。月子さんは二十八歳、佐都子は三十八歳で、世代が違うせいか、ずっと近所に住んでいるのに、今までお互い顔を合わせたことがなかったそうである。
月子さんの家は、リサちゃんの家の五軒隣りに位置し、古いながらもしっかりした作りの洋館で、玄関の飾り窓には寒色系のステンドグラスがはめられた瀟洒な建物だった。リサちゃんも、「家の人にはあまり会ったことがなかったけれど、小さな頃からあの洋館に憧れていた」と言っていた。佐都子もあの家の前を何度も通ったことはあるそうだが、どんな人が住んでいるのか知らなかったらしい。
それで、どうして月子さんと佐都子が知り合いになったかというと、佐都子がコンビニに買い物に行ったついでにレジに入って接客していて、たまたまそのときに、月子さんがお客さんとして来たからだそうである。
僕が「他人の家のレジにまで入ってるの?」と訊いたら、「悪いっ?」と言い返されてタジタジになったが、よくよく聞いてみると、あそこのコンビニの店長の奥さんは佐都子の幼馴染で、奥さんも赤ちゃんを産んだばかりで背負ってレジに入っていたら、赤ちゃんがぐずり出したので、少しの間、佐都子が代わりにレジに入ってあげていたそうだ。しかし、そのコンビニでの月子さんとの出逢いは強烈なものだったと、あの日、佐都子が語っていたのを僕は思い出していた。
「今日ね、雹が降ったでしょ? すごい寒かったよね」
「ほんとほんと! 九月なのにびっくりしたよ」
「それでだったのか分からないけど、寒いのに薄手の半袖のド派手なワンピースを着た女の人がやってきてね、軍手を買おうとしてたの。軍手って安いじゃない? 多分、二百円もしなかったと思うけど、彼女はそれを五千円札を出して買おうとしてたのね。それで、私がお釣りを渡そうと会計してたら、『いいです、いいです、お釣りはあなたに差し上げます』と言ったのよ」
「へー? それで、お釣りを貰ったの?」
「バカじゃないのっ? 他人んちのレジに入って、そんなことが出来るわけないじゃないのっ。もちろん断ったわよ。『そんなわけにいきませんから、どうぞお受け取りください』と言ったけど、その女の人は逃げるようにお店を出て行ったの」
「それでお釣りはどうなったの?」
僕がそう言ったら、佐都子は眉間にしわを寄せて「うるさいっ! 最後までちゃんと聞きなさい!」と憮然として言ったので、僕は「はいはい、ごめん、ごめん」と言って、渋々佐都子の言うとおりにした。
「その後、急いでお釣りを計算して、お金を持って女の人を追いかけたんだけど、店の奥で仕事をしていた店長が気付いてて、先に月子さんを追いかけて呼び止めてくれていたのね。それで、彼女にちゃんとお釣りを渡せたんだけど……」
「良かったじゃん」
「うん……でもね」
「うん」
「彼女の足元を見たら、裸足の足に軍手をはめてたの」
「はあっ!?」
「店に普段は靴下も置いてるらしいんだけど、ちょうど品切れしてたのね。それで仕方なく軍手を買って靴下の代わりに履いたんだと思う」
「……」
「でも、やっぱり靴下じゃないから、足の指が広がっててカエルみたいだった」
「ぶっ」
僕は思わず吹き出した。そしたら佐都子も笑いそうになっていたが、必死で笑いを噛み殺して「でもなんだか可哀想だったよ」と言った。
「そうだね……」
「店長はね、『靴を買ったほうが良かったんじゃないかな』と心配してた」
「良い人だね……」
「うん……」
二ヶ月と少し前、佐都子が初めて月子さんと出逢った日、僕と佐都子は夕飯後にこんな会話をしていたのだった。




