第八話 1
「私、月子といいます」
鞄代わりにいつも持ち歩いている籐の籠を床の上にそっと置くと、そのお客さんはそう自己紹介した。
「美しい満月の夜に生まれたからなんですの。母がそう申しておりました」
「そうなんですか。とっても素敵なお名前ですね」
「そうでしょう? 私も気に入っておりますの」
佐都子は光を背負ったまま、店の隅っこに月子さんと向かい合って座っていて、ケーキを食べながらお茶していた。月子さんの自己紹介は、実は今日が初めてではない。通算九回目の自己紹介だった。それなのに、佐都子はまるで初めて聞いたかのように、驚き笑顔で振る舞った。佐都子がそうすると、月子さんは喜び安心するからである。
「それでね、佐都子さん、今、読んでいる本なんですけれどね、あの本に出てくる主人公の富子のおばあちゃまが傑作ですの。だって、毎回破れかぶれの恰好で、富子の彼氏を驚かせてるんですから」
「そうなんですか? 面白いおばあちゃまですね。私もその本を読んでみたいわ」
「もう少しお待ちになって。私が最後まで読んだら、貸して差し上げますから」
「まぁ、ありがとうございます」
「お安いご用ですわ」
とまぁ、自己紹介が終わった後は、普通の会話をしているので、月子さんは佐都子のことを忘れているから、毎回自己紹介をしてるわけではないらしい。
しかし、この二人の会話もそうだが、光を背負ってエプロンをしているごく普通の主婦の佐都子と、若いヲタク系女子の間で少し前に流行ったゴスロリみたいなブリブリのフリルとレースのいっぱいついた純白のドレスを纏っている月子さんとの組み合わせは、見るからに本当に奇妙だった。
店に入って来た人は、必ず二人の前で立ち止まり、目を大きく開け凝視するのだが、見てはいけないものでも見たような感覚に襲われるのか、すぐにそこからそそくさと離れるのであった。十人中十人が全員、そういう同じような態度を取った。しかし、この二人はそんなことは全然意に介してないらしく、至極普通に振る舞い、楽しそうに笑った。




