第一話 7
三人であーだこーだ言い合っているうちに、高木のおじいちゃんの家に着いたので、「言いたいことはあると思いますが、取りあえず休戦状態にしよう」と僕が二人に提案し、高木のおじいちゃんの家の玄関の呼び鈴を鳴らそうとした。すると、輝は「違う違う、こっち」と言って、家の脇の人一人通れるくらいの狭い通路を通って、北側にある裏口に僕を案内した。そして、ドアをノックした。ドアをノックしたはいいが、五分経っても誰も出てこなかった。「えー? もしかして留守?」と僕が言ったら、輝も黎も「いるよ」と言った。仕方がないので、また五分待った。そしたらようやく、おばあちゃんが現れた。おばあちゃんは足が悪いらしく、杖をついてびっこを引いていた。だから裏口のドアまで歩いてくるのに物凄く時間がかかったんだろう。おばあちゃんは最初、僕の顔を見てびっくりして口をあんぐり開けていたが、僕の脇にいる輝と黎を見つけて、満面の笑みになった。そして、「さぁ、さぁ、中へどうぞ」と家の中へ案内してくれた。
裏口のドアを開けると、そこは土間になっていた。どうやらこの家は随分古い建物らしく、窓枠もアルミニウムのサッシではなく、いまどき珍しい木枠のままだった。今は秋だからいいけど、冬は随分寒そうだなと思った。反対に、夏は土間がひんやりして涼しそうだけど……。
高木のおばあちゃんは「どうぞ、どうぞ」と言って、僕をどんどん中へ招き入れてくれた。そして、土間より一メートルくらいは高く床上げされているテレビと座卓のある居間を指さし、「座っててね」と言ってくれて、お茶を入れようとしてくれたが、どう考えても足の悪いおばあちゃんにそんなことをさせるわけにいかず、僕は「どうぞお気遣いなく」と丁重に断った。
輝と黎は勝手知ったる人の家で、土間のあっちとこっちに豪快に飛んでいくような勢いで運動靴を脱ぎ捨て、さっさと居間に上がり込んでいた。僕はそれを見て「こら!」と言いつつも、また居間から土間に下りて、飛び散った二人の運動靴を拾ってきて丁寧に揃えて置いた。と思ったら、今度は自分の靴を揃え忘れたので、慌てて向こう向きに並べ直した。一体、僕はここで何をやっているんだろう?
家の中をぐるりと見回すと、土間には大量の空き缶が入った袋が置いてあった。十個くらいはあったと思う。他に、ペットボトルのキャップも集められていた。僕は輝と黎が持ってきた空き缶の袋二個をそれらの脇に置き、おばあちゃんにすすめられた居間の座卓の前に座った。おじいちゃんは襖を隔てた隣りの部屋にいるのか、おじいちゃんのくぐもった咳き込む声が聞こえた。輝と黎はおじいちゃんの寝ている部屋の襖を勝手に開けて「ばぁ!」と言って、おじいちゃんを驚かせていた。はぁ~、帰りたい……。
おばあちゃんは十分くらいかかって、ようやく居間の座卓に辿り着いた。それを見計らって話をしようとしたら、輝が他人の家のテレビを勝手につけた。ちょうど、機動戦隊サイバーレンジャーが始まる時間だった。輝はほんとにちゃっかりしてるなと感心した。しかし、他人の家でそんな勝手なことをさせるわけにいかないので、「輝、消しなさい」と言って叱りつけた。そしたら、おばあちゃんは「まぁまぁ、いいじゃないですか」と言ってくれたので、「すみません」と言いつつ「もう少し小さい音にしなさい」と言って、音量を下げさせた。そして「あのぉ、ほんとにうちの子供がご迷惑をかけてすみません」と言うと、おばあちゃんは「まぁ、とんでもない」と言った。
「いや、こんな風に勝手に人様の家に上がり込んで、自分の家みたいにしてるなんて、全然知りませんでした。親として失格です。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「ご迷惑だなんて、とんでもないです。むしろ、輝君と黎君には、助けてもらってすごく感謝してるんです。二、三日前からおじいちゃんが調子悪くて、どうしようかと困ってたんです」
「はぁ……」
「情けない話なんですがね、実は年金を掛けてなくてですね、うちの収入源は缶拾いをして換金したお金だけなんですよ。公園掃除とか時々募集はあるんですけど、何せ、東京では老人も溢れていて、そういう仕事も取り合いになるんですよ。だから、なかなか仕事に就けないんです。おじいちゃんも私も貧しい家に生まれて、ずっと働いて来たんですけど、兄弟が多くて、下の子たちの面倒を見ていたら、年金を掛ける余裕がなくてですね、それでずっと来たもんですから、そのままになってしまって……。それに、健康保険も掛けてこなかったから、あの通り、おじいちゃんも病気になっても家で寝てることしかできません」
「そうなんですか……」
「生活保護を受けたらどうかという話もあるんですが、でもああいうのはあんまり好きじゃないです。今、貯金が五十万円ほどあるんですけど、そんなちょっとの金額でも、貯金があったら、生活保護を受ける資格はないし、あれはだめ、これはだめとかいろいろ厳しくてね。そんなにいろいろ言われるのなら、お金なんかいらないって話にいつもなるんですよ」
「……」
「そういう事情を輝君と黎君は知ってて、だから缶拾いを手伝ってくれてたんですよ。今日なんか、おじいちゃんが病気だって言ったら、『まかせといて』と言ってくれたんです。だから、迷惑だなんてとんでもない! ほんとに感謝してます」
そう言っておばあちゃんは涙ぐんだ。隣りの部屋で寝ているおじいちゃんも目に涙をいっぱい溜めていた。僕はそれをみて、思わずもらい泣きしそうになった。輝と黎のほうを見ると、機動戦隊サイバーレンジャーを見て、バカみたいに騒ぎまわっていたが、なんだか二人が急に愛おしく思えた。さすが、俺の息子じゃん!