第六話 8
それで、結局、三バカ息子たちには相談をするまでもなく、すぐに話は決まったのだが、オジサンは上野の森からシャバへ出て来てもらうので、今のぼろきれ状態で来てもらうのもあんまりなので、僕の服を渡して着てもらったのだが、それでもぼさぼさ頭とぼうぼう髭があまりにもすごくて、どう見たって北京原人みたいだなと思いつつも、それでもどうにかうちの家に来てもらったのだった。
オジサンには、うちへ着くなり、一番最初にお風呂に入ってもらった。その間に三バカ息子たちとパーティーの準備をしていたのだが、吹奏楽部のクラブ活動を終えた澪が最後に学校から家に帰宅した。彼女は帰宅してすぐに手を洗いに洗面所に入ったのだが、洗面所に入った途端、「ぎゃあああああ」と血相抱えてリビングに走って来た。
「お、お母ちゃん! 洗面所に熊がいるっ!」
それを聞いて佐都子は暫く笑い転げていたのだが、「はぁ? ばかだね。上野のオジサンだよ」と言った。
「え? 上野動物園から脱走してきたの?」
「違うよ、人間だよ、人間! 彼が上野公園の猫オジサン」
「そうなんだ……。あー、びっくりした」
そう言えば、今日パーティーを催すことを、澪に知らせるのをすっかり忘れていたのだった。
「脱浮浪者おめでとうございます! 乾杯!」
と佐都子が遠慮なくオジサンに言ったので、僕は冷や冷やしていたのだが、オジサンはずっとニコニコ顔だった。
「しかし、よく決心されましたね」
「うん。でもワシが決心できたのはみなさんのおかげなんだよ」
「え?」
「輝君が毎日のように食料を持って来てくれるようになって、なんだかワシも娘の声が聞きたくなってね、何十年かぶりで家に電話してみたんだよ。そしたら、赤ん坊の泣き声が聞こえてきて、
孫が生まれたんだと知った」
「それで、青森に帰りたくなったんですか?」
「うん。でもな、子供を五人抱えて、いつも頑張ってる川原さんを見て思ったんだよ。ワシも頑張らなくちゃなってな」
「そうですよ。オジサンはまだまだお若いんだから」
それから、料理談義になって、オジサンも若い頃、中華料理店で修業していたとか、僕は僕で店での失敗談やらを話していて大笑いしていたのだが、ふとオジサンが、手を怪我したときに、なんで僕の店に食べに来たのか理由を話してくれた。
「いやね、青森のうちの田舎にね、初めてハンバーガー屋ができて、娘が小さい頃せがまれてよく食べに行ってたんだよ。うちはワシが頑固料理人だったから滅多に外食させてなくてね、だから、逆にジャンクフードを食べたいって、子供は思うんだろうね。外食だって言うと、家族でハンバーガー屋によく行ってた。そしたらさ、駅前でお宅のハンバーガー屋を見かけて、懐かしくなってふらっと入ったんだよ。外食するならハンバーガー屋だって染みついてるから」
「そうだったんですか……」
「でも、お宅のハンバーガーは美味いと思うよ。ワシらが食べてたのより、ずっと上等だ。肉がいいんだろうね」
「そうですか? ありがとうございます」
「しかし、輝君も黎君も爾君もみんな素直ないい子だね。育て方がいいんだろうな」
「そんなことないですよ。ほったらかしですよ」
「まぁ、五人もいればな」
そう言って二人で笑った。
「ところで、これからどうされるんですか? 施設に入って、そこから仕事に通われるんですか?」
「うん、そうしようと思ってるんだけど、うまくいくかどうか分からねぇや。仕事がすぐに見つかるかどうか分からないって、都の職員は言ってたしな」
「そうなんですか……。あの、提案なんですが、もう青森に帰られたらどうですか? あの、僕がこんなことを言うと、逆に失礼かもしれないんですけど、青森までの旅費を負担させてください。青森に帰ったら、娘さんがお店をされてるんですよね? そこで働けばいいじゃないですか」
「えーっ、それはいかんよ。ここまで世話になっておいて、旅費まで出してもらうわけにはいかん」
「じゃあ、差し上げるんじゃなくて、仕事が順調に行って落ち着いたら、返しに来てください。娘さんとお孫さんと一緒に、ぜひ東京にもう一度遊びに来てください。そのときにここにも寄ってほしいんです」
僕がそう言ったら、オジサンは言葉が出なくなって、目を潤ませた。そして、やっとのことで、「ありがとう」とぽつりと言った。




