第六話 6
輝の話はこうだった。不忍池には鵜がたくさんいて、最初は鵜に餌をやるのが面白くて何度も池に来ていたのだが、足元を見たら、野良猫がいて、その猫もお腹を空かせていたので猫にパンをやったら、あちこちから猫が集まるようになって、猫にも餌をやっていたのだが、お腹がいっぱいになると公園の中に消えてしまうので、猫を追いかけて行ったら、オジサンに辿り着いたのだが、その猫たちはオジサンが飼っていて、そしたら猫だけじゃなくて、オジサンも飢えていることを知ったので、オジサンにもパンをあげることにした、ということだった。
「いつから、そんなことをしてたの?」
「鵜に餌をやってたのは、だいぶ前からだけど、猫とオジサンは二週間前くらいから」
二週間前と言えば、ちょうど輝が初めて家出をした日だった。
「あのさぁ、ぶっちゃけ正直に言うと、オジサンにパンをあげるのはいいことだと思うよ。でも、夜に来ることないと思うよ。昼に来ればいいと思う」
「うん、そうだ。ワシも夜はよくないと思う」
「たまたま、オジサンはいい人だからよかったけど……」
「うん、そうだ」
「はぁ、ほんとにもう、心配させないでよ。見つからなかったらどうしようって、お父ちゃんと言ってたんだから」
大人三人でそうやって子供たちをなだめていて、ふとオジサンの手を見たら、怪我の後遺症なのかオジサンの両手は固まっていて、すごく使いづらそうだった。その手を見ていて、前にもこの手を見たことがあることを思い出した。
「あ、あの……もしかして、うちの店に何回か来てくれたことがありませんか?」
「え?」
「以前もお見かけしたことがあるような気がするんですが……」
「お宅はハンバーガー屋さんだよな?」
「ええ」
「あの駅前の?」
「そうです」
「ああ、あるよ。二、三度あるんじゃないかな」
「そうですか、やっぱり……」
「でも、だいぶ前だよ」
「そうですよね。僕も随分前だったと記憶してます」
「手を怪我してからすぐだったんじゃないかな」
「そうなんですか」
「ああ、この手でワシのことを覚えてたんだろ?」
「ええ、まぁ……」
「実はね、ワシは都内のスーパーを回って、中華総菜を売る商売をしてたんだよ。でも、ある日、調理中に鍋をひっくり返して、煮えたぎった油を両手にかぶってしまったんだよ。そしたら、このざまさ」
「そうだったんですか……でも酷い怪我だったんですね……」
「うん、まぁね。怪我してから何もいいことはなかったよ」
「……」
オジサンの話によると、仕事をしていたときも、家族がいるのに、儲かったら儲かっただけ金を使い切るようなその日暮らしをしていて、怪我をした前の晩も飲み明かしていて、二日酔いだったからふらついて鍋をひっくり返したのだそうだ。手が使えなくなって、自分で調理することもできなくなったから、金がある暫くの間は、飲食店に食事をしに行っていて、その時期にうちの店に行ったんだろうということだった。だけど、手がこんな風になって、仕事もできないから家族に仕送りも全然できなくなって、それから自分の住む所も無くなって、青森に帰ることさえできなくなって、今に至っていると言っていた。
「儲かったらさ、飲んだくれてないで、貯金しておけば良かったって話なんだよ」
「サラリーマンだと計画的にできるんでしょうけど、自営業者の性ですね」
「そうかもしれないけど、天罰が下ったのさ」
オジサンはそう淋しげに言った。
上野からの帰りは、佐都子に光を背負ってもらって、僕は寝ている爾を背負った。輝と黎は歩かせた。
「でもさ、あのテントで夜にオジサンと猫と騒いでるのは、面白そうだよな」
「うん!」
「でも、夜はだめよ。行くなら昼に行ってね」
そんな話をしながら帰っていたら、あっという間に家に着いた。でも僕は、一人きりで家で留守番させていた澪のことを心配していたので、家に帰るなり「澪、ごめんな。遅くなって。一人で淋しかっただろ?」と言ったら、澪は「ぜーんぜん。テレビも一人で独占できたから、歌番組見て、ゲームして超楽しかった」と言ったので、僕と佐都子は唖然としたのだった。




