第六話 3
それから一週間して黎の頭を縫った糸はとれ、漸くみんなが普通の生活に戻れた気がした。しかし、こんなに大きな怪我は今まで無かったとはいえ、三バカ息子たちは、普段から生傷が絶えない生活をしているので、「今度やったらお仕置きをする!」ときつく言い聞かせておいた。
それなのにである! ほとぼりが冷めたころに、また三バカ息子は布団を引っぱり出してプロレスごっこをしていて、またもや黎が犠牲者になった。輝がキックドロップをして、黎を引き倒し、腕の骨を折ったのだった。佐都子から連絡があったとき、さすがの僕も堪忍袋の緒が切れて頭に血が上り、輝の顔を平手打ちしてしまった。おまけに、輝を夕飯抜きで、玄関の外に立たせておいた。大人気ないとは思うが、とにかく、こんな酷い怪我を何度もさせたということが親としてショックだったのもあるが、その度毎に従業員に迷惑をかけているということにもイライラが募っていたのである。
黎は一週間入院することになって、佐都子と光と三人で病院から帰ってきたら、家の中には澪と爾しかいなかった。子供たちには中華の出前を取って夕飯を用意して家を出たのだが、病院から帰って来て、僕と佐都子と輝の三人で一緒に夕飯を食べようと思っていた。だけど、家の中にも周囲にも輝はどこにもいなかった。
「澪、輝はどこに行ったの?」
「え? 私、お父ちゃんたちと一緒に病院に行ったのかと思ってた」
「爾と二人でご飯は食べたんだよね?」
「うん。チャーハンと餃子を食べたよ」
「そうか……」
僕は、佐都子に「先にご飯を食べてて」と言って、そのまま外に輝を捜しに出かけた。叱られるといつも彼が行く近くの公園にいるのではないかと思っていた。ところが、そこに輝はいなかった。もう少し足を延ばして、神社にも行った。でもそこにもいない。コンビニや本屋など輝が行きそうなところは全部行ってみたが、やっぱりいなかった。携帯を見たら、僕が家を出てから、かれこれ一時間近く経っていた。
どうしよう、交番に行くしかないか?
そう思ったとき、もしかしたら、家に戻っているかもしれないと思って、電話を掛けた。
「もしもし、佐都子? 輝は帰った?」
「ううん、まだ帰ってない……」
「そうか……もう少し捜してみていなかったら、交番に届けるよ」
「あ、あのね、私、ご飯を食べたし、光もお風呂に入れて寝ちゃったから、一樹も帰って来てご飯を食べたら? 今度は私が捜すから交代しようよ」
「いや、俺はいいよ。ご飯は食べる気がしない」
腹は減ってはいるのだろうが、空腹感を全然感じていなかった。当たり前である、子供がいなくなったんだから……。
「分かった。でも、とにかく私も一緒に捜すから、今どこにいるのか教えて」
「三丁目の公園」
「うん、分かった。すぐに行くね」
佐都子がそう言って、電話を切ろうとしたら「あ、待って!」と彼女が言い、玄関扉を開け閉めする音が電話の向こうから聞こえた。誰かが部屋に出入りしたような気配が感じられた。
「一樹! 今、輝が帰ってきた!」
「えっ! ほんと!」
「うん!」
「早く家に帰っておいでよ!」
「うん!」
こんなにほっとしたことはなかった。ほっとしたら、力が抜けて足がくだけ、思わずガクッと膝を地面についてしまった。輝を捜しながら、一瞬だったが、黎と一緒になって捜した鈴木のおじいちゃんのことが頭の中を過ぎっていた。鈴木のおじいちゃんみたいに交通事故に遭っていたらどうしよう?そんな不安でいっぱいになっていた。僕は親として失格だ、お仕置きをするにしたって、他のやり方があったんじゃないか、そう後悔しながら輝を捜していた。
家に着いたら、いつものように爾が「お父ちゃん、お帰り!」と飛びついて来た。輝は黙って食卓についていた。その横に佐都子が座っていた。僕が帰ると、佐都子は僕の夕飯を温めるために席を立ち、僕は輝の真向いに座った。
「輝、どうしてこんなことをしたんだ」
「……」
「みんな心配したんだぞ」
「そうよ、みんなで心配したんだから」
台所から佐都子がそう言った。でも、輝は返事をしなかった。返事をせずに、涙をぽろぽろ零した。
「もういい、早くご飯を食べなさい」
輝も泣きながら夕飯を食べ、その晩は、それで終わったのだった。




