第六話 1
今までその人がうちの店に来たのを僕が見たのは三度だった。その人は一度見たら忘れられないような人だった。黄色く固まった両手。お金を取り出すのにも苦労していたが、「手伝いましょうか?」と僕が声をかけていいものかどうかと迷っているうちに、その人はどうにか財布からお金を出して払ってくれた。顔を見なくてもそんな彼の手だけで、その人が来たのだと判別ができた。
一体この人の身に何が起こったのだろう?
どうしてそんな手になってしまったのだろう?
でも一度じゃなくて、二度三度、店に食べに来てくれたのだから、僕の店を気に入ってくれたのだろう。そんなことを思うだけで、ありがたかった。
うちの子供たちは、親の僕が言うのもおこがましいが、わりあい素直で優しい子たちだと思う。
澪は五人兄弟の一番上ということで、独立独歩の我が道を行くみたいなところがあって、しっかりしている子だった。その理由は、下の兄弟が年の近い妹ならともかく、団子三兄弟のような三バカトリオの弟たちだったからだと思う。
輝、黎、爾というのは、三人で一セットのような感覚で、僕も佐都子も接していた。褒めるときも、叱るときもいつも三人一緒だったが、でもやはり、男兄弟の中で輝が一番上ということで、いつも彼にみんなで責任を押し付けてしまうようなところがあって、澪もそうだと思うが、輝は輝でかなり大変な思いをしていたんじゃないかと思う。
とかく男の子というのは、じっとしていられないというか男性ホルモンが騒ぐというのか、家の中でさえ、常にドタバタとしていたが、集団になるとさらにそれが増長された。一人一人個別に接していると、そこまで落ち着きのない子ではないと思うのに、三人が一緒になると、いつもお祭り騒ぎのようなことになっていた。しかし、大人でさえ自分の体を常に正確にコントロールできるわけじゃないのが普通で、子供だったら尚更それは当たり前のことで、家の中でちょっと動くだけで、しょっちゅう何らかのトラブルが起きた。
子供ってどうして「やめなさい!」と大人が言ったことをやりたがるのだろう? いつぞやは五月人形の刀を触ろうとしていたので、いくらイミテーションでも固い作りで先が尖っているので、「絶対に触ってはいけない」と注意していたにもかかわらず、輝は鞘を抜いて振り回して、黎の顔に傷を付けていたし、黎は家の中でサッカーをしてボールを窓ガラスにぶつけて思い切り割っていた。爾はリビングと廊下を仕切るガラスが嵌った扉に激突してガラスを大破し掌を切る始末。その度毎に、澪と光が彼らの横で何もできずにあっけにとられていた。まぁ、光は赤ちゃんだからどうすることもできないのだが……。
佐都子は輝と黎と爾を見て、いつも僕にぼやいていた、「この子たち、大人になるまで生きていられるんだろうか……」と。佐都子は一人っ子で男兄弟がいない家庭で育ったので、男の子の生態は未知の世界らしい。僕には弟がいて、僕にとってもやっぱり女の子というのは未知の世界なのだが、そう言えば、妹がいる友達は、男のくせによく気の付く優しい奴が多かったなということに気付いた。だから、結婚して女の子の父親になることができて、本当に良かったと思う。女の子の可愛さを身を持って体験することができたから。久しぶりに会った故郷の同級生にも顔つきが優しくなったと言われたし……。
でも、女の子の親になれたからこそ、男の子の可愛さも分かるようになった。やっぱり、外でサッカーをしたり、キャッチボールしたりして男っぽい遊びを一緒にできることは、本当に嬉しいと思えた。結局のところ、男でも女でもどっちでも可愛いという結論に辿り着くだけなのだった。




