第五話 6
そうこうしているうちに、店舗検査の日が三日後に迫って来ていた。店頭には、ビオラやマリーゴールドなどの綺麗な花の寄せ植えや、美大に通っている武智さんにお願いして描いてもらったイラスト付きのおすすめメニューが書かれた黒板が置かれた。店内の壁面には現代アートのポスターも三枚飾られた。トイレにはアロマグッズが置かれ、蛇口や手洗いボールは「激おちるくん」タワシでピカピカに磨かれた。各テーブルにも小さな一輪挿しが置かれた。ありとあらゆるところが劇的に綺麗になって、僕もみんなも感心していたのだが、実は検査の内容は、店の清潔度だけではない。
厨房の中もそうだが、商品の管理の仕方、また従業員の接客態度や、商品が出来上がる時間や出すタイミングなども検査の対象になっていた。しかも、どんなときでも臨機応変に従業員が対応できているかも検査対象に含まれていた。
部外者には想像も出来ないほど、店舗検査は細かいチェックが入りまくる空恐ろしいものだった。それで体調を崩すオーナーや店長も多いと噂に聞く。去年の検査は、かろうじて及第点を取ったのだが、今年は新店舗を出すにあたって、もっと得点を上げたいと思っていた。だから、本社で毎月行われるのオーナー会議で、いつも顔を合わせてい佐藤君に事前チェックを無理を言ってお願いしていた。彼は現在本社勤務で、過去に店舗検査の検査官をしていた経験があるからだった。
その本社の佐藤君がやってくる日の前日、水元君は事務所で、外にいつも出している新商品の幟にアイロンをかけていて、僕はそれを見てびっくりした。
「そんなことまでしてるの?」
「はい。やっぱり、手を抜きたくないんで」
「偉いなぁ」
「でもね、直営店はね、もっと厳しいんですよ。及第点が取れないと、店長はいきなり左遷ですから」
「そうだよね。隣町の重田さんは地方に飛ばされたって聞いたよ」
「そうなんです。だから、僕は、川原さんに引き抜いてもらって感謝してるんです」
「そう言ってもらえたら、すごく嬉しいよ。無理を言ったんじゃないかと思ってたから」
「そんなことないですよ。だって、ずっと同じところにいられるなんてラッキーですよ」
「ずっと同じところとは限らないかもしれないよ」
「え?」
「あ、でも異動しても東京都内だから」
「ああ、新店舗の話ですね!」
「そうそう。だから店舗検査がうまいこといったら、本格的に新店舗開店に向けて動こうと思ってるんだ。だから、水元君にも頑張って貰わなくちゃね」
「はい! ありがとうございます! 頑張ります!」
こんな会話をして、その日はごく平和に終わったのだった。その次の日の本社の佐藤君による事前チェックも、特に問題もなく終わった。店内がすごく綺麗だと褒められたし、一つだけ注意されたことは、レジ周りをもっと整頓したほうがいいということだけだった。




