第五話 3
ある日のこと、澪がいつもより早く学校から帰宅した。
「お父ちゃん! ただいま!」
「澪、お帰り! おい、どうした? 今日は随分と帰りが早いね。吹奏楽部さぼったの?」
「うん、さぼった」
「こら! 明るく言うんじゃない!」
僕は、笑いながら言った。
「あのさ、質問なんだけどさ、うちの店って、一回に何個のハンバーガーが作れる?」
「はぁ? 四個だけど?」
「違う! 鉄板に載せられるパンの数じゃなくて、どのくらいたくさんの注文を受けられるかってこと」
「えー、意味が分かんない。どういう意味? この間は、電話で三件受けて、二十個を同時に作ったけど」
「ふーん、二十個か……。じゃ、無理だね」
「何が?」
「あのね、今日ね、真緒のお姉ちゃんの話になってね」
「うん」
「真緒のお姉ちゃんって高校生なんだけど、学園祭の実行委員になったんだって」
「ふーん」
「それでね、うどんとかラーメンとかは自分たちで作ることが出来るけど、それだけじゃ物足りないってことで、ハンバーガーも売ることになったんだって」
「へー」
「でも、ハンバーガーって、鉄板がないと作れないし、うどんやラーメンより手間がかかるでしょ? だから、ハンバーガーだけは、どこかのお店に注文して持って来てもらうことにしようって話になったみたい」
「ふーん、そうなんだ」
「それでね、真緒がね、お父さんに訊いといてねって」
「え? 俺?」
「うん」
「何を訊くの?」
僕がそう言ったら、真緒が眉間にしわを寄せて、凄い顔をした。
「だから、さっきから言ってるじゃん! 一回に何個作れるか?って」
「あ、そうか」
「ねぇ、お父ちゃんってバカ?」
「バカじゃない!」
「お母ちゃんも時々腹が立つくらい抜けてるよね? ほんとに二人ともそっくりだよね?」
「ごめん。鈍いのは否定しません……」
「だから、何個くらい作れる?」
「ちょっと、実験してみないと分かんないけど、従業員総出で、早朝から作り始めて十時半完了だったら、三百個くらいはいけるんじゃないかな」
「えーっ、ほんと?」
「うん」
「ちょうどね、三百個くらいほしいって、真緒が言ってた」
「そうなんだ!」
「じゃあ、真緒に大丈夫って返事しておくね」
「ええっ!? そんな急な話!?」
「うん。早く返事しないと、どっかに取られちゃうじゃん」
「ああ、そうか。でも、お父ちゃんも詳しい話を聞きたいから、真緒ちゃんのお姉ちゃんに連絡くださいってお願いしておいて」
「うん、分かった」
さて大変なことになったと思ったのだが、ありがたいというか、澪も商売上手になったなと思った。将来、うちの店を継ぐのは、やっぱり澪かもしれないと思った。
しかし、どうしよう? 陣頭指揮は僕がやるべきだとは思うけれど、店長就任に備えての足慣らしとして水元君にやってもらおうか。勿論、必要なときは、僕が補佐をするつもりだけれど……。
とにかく、彼は、前の仕事場でも副店長止まりで店長になったことがなかったので、シフトを組んだこともないし、臨時体制ではあるけれど、シフトを組むことと、誰が何の仕事を受け持つかとか、どの仕事をどの順番にするかとかを決めてもらおうと思った。通常の仕事ではないので、ちょっと酷かなと思ったけれど、彼も三十三歳という立派に独立していてもおかしくない年齢なので、やってもらうことにした。そう決めて、「店舗検査の準備と、学園祭の準備と両方で大変だと思うけど、お願いします。僕も手伝うから」と彼に伝えたら、水元君は今回も「はい、頑張ります!」と快諾してくれたのだった。
水元君は秋田出身で物静かな佇まいだったが、東北出身らしく芯はしっかりしている人間だと思う。彼は僕がそう頼んだ次の日から、さっそく行動を開始した。店舗検査に備えて、厨房のあちこちに「激おちるくん」というハイテクたわしやクレンザーが出現して、彼は暇さえあれば厨房をピカピカに磨いていた。僕や他の従業員もそれを見て、「ほー」と言っては、感心していた。また、彼は、学園祭のためのシフトを綿密に練っていたし、発注も順調に行っているようだった。




