第四話 6
二日後、先月辞めた池上君と崔さんの代わりに、二人の新人が店に入って来た。一人は僕が独身だった頃、一緒に働いていた後輩の水元君、一人は大学生のアルバイトの山崎さんだった。水元君は直営店で働いていたのだが、僕が新しい店舗を出店予定なので、いずれ、そこの店長になってもらうということを条件に、頼んで来てもらったのだった。彼も辞めた池上君と同じく三十三歳だった。アルバイトの山崎さんは今年大学四年だが、大学院に行く予定なので、二年半は働けるということで来てもらうことにした。今日は様子見というか見習いということで、昼間は山崎さん、夕方からは水元君に店に出てもらうことにしていた。
今日の僕のシフトは、昼前の十一時から夜八時までになっていた。大体夕方に、早番と遅番の従業員が交代するのだが、水元君は遅番のシフトになっていた。今日は、初日ということで、まずレジだけを担当してもらった。新しい会社に入ったと言っても、やっていることは前の会社とほぼ同じなので、水元君は何の苦も無く、仕事をこなしていた。新しく覚えることと言えば、棚のどこに何が入っているのかくらいだろう。それと、既にいる従業員と常連客の顔と名前くらい。彼もこの業界に入って十年以上経つので、随分頼りになる人だった。だから、今日も何事もなく終わるんだろうなと思っていた、鈴木のおじいちゃんが店にやって来るまでは……。
その事件は、何も知らない水元君が鈴木のおじいちゃんのレジを担当したことから始まった。でも、あの日のおじいちゃんは、誰が見ても正常にしか見えなかった。だから水元君もこれから何かが起きようとしているなんて、思いもしなかったに違いない。実際お店では何も起きなかったし、事件が起きたのは次の日だったから。しかし、水元君の横でレジを担当していた真知子さんはやきもきしていたと後で語っていた。
「いらっしゃいませ、こんばんは」
「あー、あのね、今日の夕飯を妻に買って帰ろうと思うんだけどね……」
「はい」
「それでね、妻の分と自分の分と何を買ったらいいのか分からないから、教えてくれる?」
「はい?」
「うん」
「適当にこちらが見繕えばいいですか?」
「うん、そうしてくれる?」
「はい、じゃあ、ライスバーガーはいかがですか?」
「うん、いいね」
「かき揚げライスバーガーと生姜焼きライスバーガーと炭火焼チキンバーガーとポテトはいかがですか?」
「うん、いいよ」
「バーガーが三つとポテトが一つですが、このくらいの量でいいですか?」
「うん」
「飲み物はどうされますか?」
「うん、いるよ」
「じゃあ、ホットのブレンドコーヒー二つにしましょうか」
「うん」
「では、合計二一七〇円になります。出来上がるのにお時間が少しかかりますので、そこのお席に座ってお待ちください」
「ああ、ありがとう」
それで、真知子さんがやっと手が空いたので、水元君に様子を聞いたら、あの肉抜きハンバーガーとコーヒー二つとお冷というめんどくさいオーダーのイートインではないらしく、テイクアウトだと言ったので、「へー、今日はそうなんだ」とそこで納得してしまったらしい。
でももしかして、このとき「いつものようにお店で食べるのではないのですか?」と一言、鈴木のおじいちゃんに声を掛けていたら、事態はここで終息していたかもしれなかったのにとは思う。僕は僕で厨房で馬車馬のように働いていたので、それが異常事態であることに全然気が付かなかった。結局、鈴木のおじいちゃんはごく普通の人のようにお持ち帰りを持って店を出た。




