第四話 5
その晩、いつものように九八〇円の赤ワインを飲みながら、佐都子と鈴木のおじいちゃんの話をしていた。
「鈴木のおじいちゃん、四年前に奥さんが亡くなったのよ。あの頃からおかしくなりはじめたのかな。なんかちょっと変だなと思うことがあったのよ」
「そうなんだ……。阿部のおばあちゃんも、しょっちゅう、『お金払ったかしら』って言うようになったし、歳を取るってなんだか悲しいね」
「そうだね」
「それはそうと、今日、悪かったね。僕が黎を迎えに行ってる間に、代わりに店に出てくれてたんだろう?」
「あ、そうだった。そうよー、大変だったのよ。めちゃ混みだったもん」
「光を背負ってレジをやってたの?」
「うん」
僕はそれを聞いて笑いが止まらなくなったが、佐都子は「何がおかしいんだか?」みたいな顔をしていた。
「光は背負ってても別にいいんだけどね。もう、あのおじいちゃん、嫌い」
「え、誰?」
「川上のおじいちゃん」
「あー、あの人ね。あの人はクレーマーなの。いつもそうなんだから、慣れなきゃ」
「でもね、今日、面白かったの」
「何が?」
「川上のおじいちゃん、奥さんと一緒に来ててね、奥さんに頭が上がらないの。私たちには滅茶苦茶エラソーに指図するくせに、奥さんには『はいはい、わかりました』って、丁寧語なのよ。ふざんけなんよ! まったく!」
「へー、外で偉そうにしてる人って、家じゃ奥さんに頭が上がらないのかもね」
「それとね、土屋のおじいちゃんも来たのよ。しかも奥さん同伴で」
「これまた奇妙な一致だね」
「でしょー? 川上のおじいちゃんも土屋のおじいちゃんも、奥さんと一緒に来たことなんかなかったのにね」
「うん」
「それでね」
「うん」
「なに?」
「なに?ってなにが?」
「だって、一樹の目が輝いてるんだもの。私の話がそんなに面白いの?」
僕は、うんうんと頷いた。
「それでね。土屋のおじいちゃんはね、すごく男前だったの」
「え? 恰好が?」
「バカじゃないの? いつもと同じ格好だったわよ」
「なにが男前だったの?」
「土屋のおじいちゃんの奥さんはね、すごく大人しい物静かな人でね、おじいちゃんが勝手知ったる人の家って感じで、うちの店のメニューを奥さんに説明してたのよ。これがこーで、あれがあーでって感じで」
「うん、それで?」
「で、結局お持ち帰りしたんだけど、土屋のおじいちゃんって体がちょっと不自由でしょ?」
「うん」
「お財布からお金を出すのも大変じゃん」
「うん」
「それなのに、いつもと同じように全部自分がお金を払って、荷物も一切奥さんに持たせないで自分で全部持って、『ありがとよ!』って帰ってったの」
「へー」
「川上のおじいちゃんと土屋のおじいちゃんて、本当に、極右と極左ってくらい違うって思ったの」
「その表現が正しいかどうかは別にして、確かに両極端な二人だねぇ」
「うん」
「どっちが幸せなのか分かんないけどね。男性は、奥さんの尻に敷かれてるほうが幸せだって言うから」
「少なくとも女性の私は土屋のおじいちゃんに一票! だって、生き方が男前じゃん」
「そうだねぇ」
二人でそうやって話し込んでいて、いつものように光が起きるのじゃないかと待っていたようなところがあったが、今日は起きなかったみたいだった。だから、二人でそっと子供たちの寝顔を覗きに行ったのだが、爾が「お腹いっぱい、もう食べれない……」と寝言を言ったので、爆笑しそうになったのだが、僕が爾の耳元で「じゃあ、明日食べようか?」と囁くと、爾は寝ながら、うんうんと頷いたので、これまた佐都子と二人で声を殺して笑い転げたのだった。




