第二話 10
居間の飾り棚の上には、三好さんの子供さんだと思われる若い男性の写真がいっぱい飾られていた。僕がその写真に見入っていると、旦那さんは「息子なんですよ」と言った。
「今は、もう三十歳になってましてね、転勤して北海道にいるんですよ」
「そうなんですか」
「ええ。僕は何人兄弟?」
旦那さんは爾に訊いた。
「五人!」
爾がそう言ったので、僕が「『五人』じゃない。『五人です』と言いなさい」と言うと、旦那さんは大笑いした。
「そうなの? 賑やかでいいね」
「はぁ、確かに、毎日賑やかです」
と僕が言った。奥さんはお茶を入れてくれているのか、台所に立っていた。
「子供さんは、お一人なんですか?」
「いや、本当は二人なんだけど、赤ちゃんの頃に亡くなってしまったんですよ」
「え?」
「妻の火傷の痕もね、それが原因なんです」
「……」
さっきは気付かなかったが、「これがもう一人の子の写真です」と飾棚の上にあった赤ちゃんの写真を旦那さんが手に取って見せてくれた。そして、それから、僕は、旦那さんの話を彼が話すままに興味深く聞くことになった。
「やっぱり気になるでしょ? あんなに酷い火傷の痕だったら」
僕はそう訊かれても返事ができず、ただ俯いて頷いた。
「昔、代々木駅で電車放火事件があったのを知ってらっしゃると思いますが、あのときに妻は怪我をしたんです。実はね、子供たちは僕と先妻の子供で、今の妻の子供じゃないんですよ。僕たちは再婚者同士なんです。あの電車に乗っていたとき、僕は病気で妻を亡くしたばかりで、三歳の息子と生まれたばかりの娘を抱えて途方に暮れていました。その日は新宿に用事があって出掛けてたんですが、二人の子供を連れて電車に乗ったら、隣りに座っていたおばあちゃんに娘を抱かせてくれと言われて、抱かせてあげてたんです。でもちょうど電車が代々木駅に着いてドアが開いたと思ったら、突然すごい勢いで男が乗り込んできて、車内に灯油を撒いて火を点けたんです。火はあっという間に広がりました。もう地獄そのものでした。でも、その中で僕は娘を抱いていたおばあちゃんを見失ってしまったんです。けれども、おばあちゃんもきっと逃げてくれただろうからと思って、息子の手を引いてホームに出ました。けれども、外に出て電車の中を見たら、おばあちゃんがいるんですよ。僕は息子を傍にいる人に頼んで娘を助けに行こうとしました。すると、息子は怖がって泣いて僕の手を離してくれない。このまま振り切って離したら、彼も一緒に電車の中へ着いて来そうでした。そのとき、ひるむことなく電車の中へ入って、倒れているおばあちゃんの脇で泣いている娘を助け出してくれた人がいました。それが彼女だったんです。その後、彼女は、おばあちゃんも必死で引き摺り出していました。でも、そんな努力も虚しく、結局二人は亡くなり、彼女は全身に大火傷を負ってしまいました。彼女は酷く落胆していましたが、そのときの行為は、僕にとって決して忘れることのできないありがたい行為でした。その後、僕は何度も何度も病院に彼女を見舞いに行きましたが、傷は簡単には治りませんでした。退院してからも、長い間、僕たちは本当に仲の良い親友のような付き合いをしていました。勿論、僕は結婚したいと思っていました。でも、やっぱり彼女は自分の顔の火傷の痕が気になるのか、承諾してくれませんでした。そんな彼女が結婚に踏み切ってくれたのは、息子が彼女のことを『お母さん』と呼ぶようになったからです。子供にも、いい人だなということは、分かるものなんですね。僕は、あのときほど息子に感謝したことはありません」
「そうだったんですか……」
「だからね、僕にとって、彼女は世界一美しい女性なんですよ」




