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東京の空の下で  作者: 早瀬 薫
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最終話 9

 今日は水曜日で、本当は僕の休みの日だったはずで、だから人手は足りていたので、友近さんが帰った後、僕も仕事を上がった。そして、友近さんから渡された手紙を読むために、急いで自宅に駆け上がった。家には佐都子と昼寝をしている光しかおらず、佐都子は息せき切って階段を上ってきた僕を見て驚いていた。僕は佐都子に「友近さんから手紙を貰ったよ」と一言言った。佐都子はなんでだか僕一人でその手紙を読んだほうがいいと思ったらしく、「コーヒー、淹れるね」と言って、台所に立ち去った。僕は食卓に座って一人でその手紙を読み始めた。



拝啓



 突然の手紙をどうかお許しください。私はこの手紙を遺言書代わりに書いています。この手紙があなたに届けばいいと思いながら、そんなことは叶わないかもしれないと思っています。ですが、この手紙があなたに届くことを切に願っています。


 お元気ですか? 私のことを覚えていますか? 私は今でもあなたのことを鮮明に覚えていますが、きっとあなたはもう私のことは忘れているでしょうね。あのときのあなたは、食べる物にも困るくらい貧しく哀れであったけれど、生き生きとした澄んだ瞳をした若者でしたね。あなたのあのハンバーガーを美味しそうに食べる表情は、今でも目に焼き付いています。あれだけ喜んでくれたのだから、作り甲斐があったというものでしょう。

 あのとき、実は私は失意の底にいました。経営していたハンバーガー店が閉店に追い込まれ、長年連れ添った妻は病に倒れ半身不随になり、ほとんど寝たきりの状態になっていました。それまで、家庭を顧みずに働いていた私は、これから病気の妻の世話をしながら、どうやって生きていけばいいのだろう?と思っていました。そんなときにあなたに出逢い、私はあなたのおかげで随分と救われたのです。店が潰れたにもかかわらず、自分が作ったものをこんなにも喜んで食べてくれる人がいるのだという事実は私には衝撃的でした。これから先迎えるだろう苦難にも、あの光景を思い出せば、きっと自分の力になるだろうと思ったのです。実際、本当にそうでした。

 あの出来事から、私は五年間、妻の介護をしました。快方に向かうことを願っていたのですが、妻は再度脳梗塞になり、他界してしまいました。妻の介護は過酷ではありましたが、彼女が亡くなった後の喪失感は、言葉に表せないほど大きく、遂には自分の体調を崩してしまうほどでした。でも、そんな中でも、ずっと自分の支えになっていたのが、実はあなたの存在だったのです。

 川原さん、ごめんなさい。実は私は、あなたに出逢ってから、あなたのことが気になって仕方なく、あの後、あなたの消息を追うようなことをしていました。あなたのアルバイト先を訪ねたりしましたし、専門学校のご友人にあなたの話を聞くようなことをしたこともあります。あなたがまた空腹で道端に倒れてはいないか、そのことがずっと気掛かりだったからです。でも、ご友人から、結婚されてハンバーガーショップを開いたということを聞かされたとき、私は不覚にも涙を零してしまいました。私が何気なくしたことだったのに、あの出来事は、あなたの人生において、大きなものだったのだということを知ったからです。

 川原さん、本当にありがとうございます。あなたは私を何度も励ましてくれました。私が店で最後に作ったハンバーガーを食べたのが、あなたであったことを嬉しく思います。

 どうか、ご家族といつまでもお幸せにお過ごしください。蔭ながらあなたのご多幸を祈っております。


敬具


                                                  友近 清十郎


 川原 様



 この手紙を読んだ後、発する言葉もなく、僕は一人食卓に座って、涙を流していた。そんな僕の様子に気付いた佐都子は、何も言わず、僕の前にそっとコーヒーを置いて、一人にしておいてくれた。

 けれども、次の日には、僕と佐都子はこの手紙に関して、朝まで飲み明かして喋りまくり、結局、二人で出した結論は、「生きてたら、いろんなことがあるけど、人生は素晴らしい」というものだった。

「でも、やっぱり、もう一度、あのおじさんに会いたかったな……」

「そうだね……。一樹が作ったハンバーガーを食べて欲しかったね」

「飢えた僕を救ってくれたあのおじさんが、僕がハンバーガーショップを開いた一番の理由だったんだよ」

「うん、知ってた」

「そっか」

「うん」


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