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東京の空の下で  作者: 早瀬 薫
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最終話 8

 そんなことがあった次の週の水曜日、いつもなら休みの日なのに僕は珍しく店に出ていた。何故ならば、あの洋食屋で何度も出逢う男性が、うちの店に来てくれる約束の日だったからだ。


 彼の名前は、友近靖雄というのだそうである。「友近」という彼の名字を聞いても、やっぱりピンと来なかった。それなのに、僕と友近さんとの出逢いには、「秘密が隠されている」と彼は言っていた。なんであんなことを言ったのだろう?と、この一週間、考えに考えたけれど、さっぱり分からなかった。僕より佐都子のほうが簡単に謎が解けそうだった。だって、友近さんを前から見かけていたことに気付いたのだから。けれども、さすがの佐都子も「どれだけ考えてもやっぱり分からない」と言うのだった。



 友近さんは、午後一時半を少し過ぎた頃にやって来た。店が混雑するのを見越して、時間をずらしてくれたのだと思う。そして僕がご馳走させて下さいと言ったのに、自分でデミグラソースバーガーとサラダとコーヒーを注文して、ちゃんと料金を払ってくれた。


 僕は細心の注意を払いながら、牛肉のパテを焼いた。やっぱり、洋食好きの友近さんのことだから、舌は肥えているだろうから。ソースもパテからはみ出さないようにしたが、それでも十分な量をかけられたし、コーヒーカップも湯を張り、コーヒーを注ぐ前にちゃんと温めていた。まぁ、出来は十点満点中十点だろうなと思う。


 出来上がったハンバーガーをトレイに載せて、僕が友近さんの座っている席まで運ぶと、友近さんは「川原さんと話がしたいので、一緒に席に座って貰っていいですか?」と言った。僕は「勿論です」と言って座った。友近さんは、「自分だけ食べてすみませんね」と言いながらも、すごく美味しそうにハンバーガーを食べてくれた。僕もそんな彼を眺めながら、幸せな気分に浸っていた。そして友近さんはハンバーガーとサラダとコーヒーを全部平らげると「やっぱり、最高の焼き加減でしたね」と満面の笑みで褒めてくれた。


「ありがとうございます。友近さんに褒めて貰うのは、他の人に褒めて貰うよりすごく嬉しいです」

「そうですか? 僕は洋食好きだけど料理人じゃないし、会社勤めをしてますしね。全くの素人ですよ」

「そうなんですか?」

「ええ。でもね、僕の父は料理人だったんですよ。だから普通の人よりは、少しは料理通かもしれない」

「ああ、やっぱり! だからなんですね!」

「そう。だから新しい店ができると、気になってじっとしていられないんですよ。絶対食べに行かなきゃと思ってしまう」

「僕も同じです。勉強半分、楽しみ半分で食べに行ってます」

「しかし、この間、秋葉原で川原さんのご家族に出逢って、子供の頃を思い出しましたよ。僕は三人兄弟なんですがね、たった一度でしたけれど、父に連れられて、あんな風に賑やかに飲食店に食べに行ったことがあるのです。そのときの楽しかった気持ちを思い出しました」

「そうでしたか……」

「それはそうとね、川原さん。この間、私が言ったあなたと私の出逢いに隠された秘密なんですけど、何だか分かりましたか?」

「あーっ! たった今、友近さんに言われて思い出しました! さっきまで覚えていたのに、友近さんに会ったら、興奮してすっかり忘れてました……」

 僕がそう言うと、友近さんはクスクス笑いだした。

「やっぱり、川原さんは面白い人なんですね。想像通りの人だ。でも奥さんと赤ちゃんと一緒にいるのをお見かけしてるときから、楽しそうな人だなとは思ってましたが……」

 友近さんはそう言うと、ジャケットの内ポケットから、一通の手紙を取り出し、僕に差し出した。そしてこう言った。


「あなたと私の秘密はね、この手紙に書かれています。この手紙は私の父が書いたものなんですよ」

「え? 友近さんのお父さんがですか?」

「ええ」

「なぜお父さんが僕に? 僕には友近さんという名前の知り合いは一人もいないはずです」

「その理由は、この手紙を読めば分かります」

「そうなんですか……」

「はい」


 僕は今すぐにでもその手紙を読みたかったのだが、そうしていいものかどうか迷っていた。そしたら、友近さんはそんな僕を見て、手紙を読むときに自分がいないほうがいいと思ったのか、おもむろに腕時計を見て「そろそろお暇しますね。この後、所用がありますので」と言って席を立った。しかし、帰り際、「また、来させて下さいね」と笑顔で僕に一言残すと去って行った。なんだか友近さんは、最初から最後まで不思議な人だった。


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