最終話 5
「はぁ? なにそれ? その人、そんなことを言ったの?」
みんなが寝静まって、いつもの九八〇円のワインを飲みながら、佐都子と二人で炬燵に入って話し込んでいた。冬の室内防寒着、綿入り袢纏を着て、蕎麦猪口で二人でワインを飲んでる様は、他人から見れば相当に笑えると思うが、全部佐都子の趣味で、今更変人佐都子の趣向を変えようなんて無駄な努力をする気も僕には毛頭無かったので、そのまま彼女に合わせていた。でも、こんな生活も実はなかなか楽しい。
「うん。そうなんだよ。そう言われて、びっくりしてあの人の顔を穴が開くほど見たんだけどね」
「そりゃそうでしょうよ」
「でもね、その続きを何も言ってくれなかったんだよ」
「なんだ! つまんないの!」
「今度、うちの店に食べに来てくれるって」
「ふーん」
「そのときに話してくれると言ってたよ」
「そうなんだ」
「うん」
「でもね、私もね、あの人こと、前から気になってたかもしれない」
「え?」
「ここ最近じゃなくて、二、三年前から」
「はぁ?」
「一樹の休みって、水曜日が多いじゃない?」
「うん、そうだね」
「あの人も水曜日が休みなんじゃないかな。去年は私が妊娠してたから、あんまり外食しなかったけど、妊娠する前に二人でよくお昼を食べに出てたでしょ? そのときから見かけてたような気がする……」
「ええっ!?」
「ほら、あの方、一人のときもあるけど、奥さんと来てるときもあるんじゃない? 上野だけじゃなくて、その前の洋食屋さんでも近所のカフェでも会ってたよ、確か……」
「マジかっ!?」
「うん、マジ。それにうちの店にも何回か来てくれてるよ」
「えーっ、ほんとにっ!?」
「うん」
佐都子にそう指摘されて、いろいろ思い出していたら、そう言われればそうかもしれないと思えてきた。なんだか彼は、僕達をいつも遠くから見て微笑んでいたような気もする……。しかし、それが事実だったとして、どうして彼は今になって僕に接触してきたんだろう? 別に前から僕に声を掛けてくれてたっていいじゃないか。あ、待てよ? そう言えば、声を掛けたのは僕からだった。僕が彼に声を掛けなかったら、永遠に通りすがりの関係だったんだろうか?
「へー、そんなことがあるんですね」
久しぶりに同じシフトになった水元君と話し込んでいた。
「そうなんだよ。なんか不思議な話だよね」
「でも、うちの店でも似たようなことはあるじゃないですか。いつも同じ時間帯に来て、同じメニューを頼んでいる人って結構多いですよ」
「あ、そうか。そう言われればそうだね……」
「そうでしょ? 僕も結局、外食するときは、自分が好きなものばっかり頼んでしまうし、食に興味のある人だったら、新規オープンした店はやっぱり気になるから行ってみようという気になるんじゃないかな」
「はぁ、そうだよね……。水元君て意外と賢いね」
僕がそう言うと、水元君は複雑な顔をしながらも「ありがとうございます」と言った。二ヶ月前に彼が店舗検査で大失敗したときより、今では彼も随分落ち着いていて、仕事も出来る男になっているのは確かだった。あれだけ犬猿の仲だった李君が、最近では水元君に一目置くようになったから。これなら新しくもう一店舗増やす僕の夢が実現するのもそう遠い話ではないだろう。
「店長、最近の水元君は、すごく頼もしいですよね」
僕達の会話を横で聞いていた美津子おばちゃんが言った。
「この間もね、お客さんが忘れそうになっていたお持ち帰りの商品に気付いて、走りまくって届けてましたからね。やっぱ、男の子は頼りになるって思ったわ。私や香苗さんや真知子さんだったら、絶対間に合ってないもの」
美津子おばちゃんのその言葉を聞いて、水元君も照れ笑いをしていた。




