第十話 11
「お父ちゃん、一人で夜行バスで高知まで行ったの?」
「うん。私もついて行きたかったけど、黎と爾が二人ともインフルエンザで寝込んでいるしね」
「行けばよかったのに……。私が面倒を見てあげたのに」
「無理でしょ。光もいるんだよ」
「そうだった……」
「あの二人、本当に仲良しだったからね。お金がないところもそっくりだったよ」
「ふーん」
「料理人になりたかったくらいだから、料理は好きだったんだろうけど、アパートに遊びに行ったらね、二人で卵かけごはんを食べてるのよ。冷蔵庫の中に何にも入ってないから。しかも、しょっちゅう、それやってたの。普通の醤油じゃなくて、高級出汁醤油をかけてるところにこだわりを感じたけど」
「えー、マジで?」
「うん。でも楽しそうだった。悲壮感が全然無いのよ、これが」
「今でも仲良しだよね」
「うん」
「あ、違う。もう過去形なんだね……」
「そうだね……。でも、私も信じられない」
「やっぱり、お母ちゃんも一緒に行けばよかったのに」
「ううん、お父ちゃんをね、一人にしてあげたかったのよ。あのバスには西田のおじちゃんの思い出がいっぱい詰まってるから。それにね、お父ちゃんが言ってた、『飛行機で行ったら楽だけど、一時間ちょっとで高知に着いて、またさっさと帰ってくるなんて、とてもじゃないけど、そんな気になれない』って」
「そっか。しんどいから飛行機にすればいいのにと思ってたけど、だから飛行機で行かなかったんだね」
「うん」
「でも、どうしてお母ちゃんがお父ちゃんと結婚したのか分かった気がする。お父ちゃんはやっぱり良い人なんだ」
「うん。黎と爾が良くなったら、一緒に高知に帰ろうか。澪も早苗おばちゃんと剛史くんに会いたいでしょ?」
「うん!」
葬儀を終えて、東京の自宅に帰ったら、みんなが温かく迎えてくれた。西田は奇しくも父親と同じくも膜下出血で急逝した。頑張りすぎるところまで似なくても良かったのにと思った。残された妻の早苗とまだ小さな子供のことを思うといたたまれない気持ちだったが、早苗はこのまま高知に残るらしい。彼女は「子供と一緒に高知で生きていく決心をした」と言っていた。
若かりし頃、東京にたった一人で上京して、僕は見知らぬ大都会でいつも奇跡を求めていた。そしてある日、奇跡は偶然起こった。僕は故郷の友人を見つけ、彼と共に青春を過ごした。高校生の頃から心優しかった彼に恩返しできればと思い、いつも彼と助け合って生きていたつもりだった。だけど、奇跡は偶然に起こったのではなく、西田が起こしてくれたのだと気付いた。僕は彼が探してきた土方のアルバイトをして、空腹で道端に倒れ、そこである男性と出逢った。その男性のおかげでハンバーガーに興味を持ち、そして僕に共感してくれた佐都子とハンバーガーショップを営み、今僕は佐都子と子供たちと幸せに暮らしている。
西田と東京で偶然出逢ったことを人は奇跡と呼ぶのかもしれない。けれども、西田やハンバーガーを食べさせてくれた男性や佐都子の優しさこそ、奇跡と呼ぶにふさわしいのではないのか?
奇跡は偶然に訪れるのではない。人の意思によって次々ともたらされるのだと僕は思っている。
西田、ありがとう。僕はお前のことを決して忘れない。




