第十話 10
それから、三年の歳月が流れ、僕は全国チェーンのハンバーガーショップの社員になっていて、西田は赤坂の一流ホテルのレストランの厨房で働いていた。佐都子は実家を手伝い、早苗はパティシエになってケーキ店で働いていた。みんなそれぞれ自分の道を歩んでいた。ところが、ある日、予期せぬことが起こった。西田の故郷の父親が、くも膜下出血で突然倒れ、急逝してしまったのである。母親に泣きつかれ、妹しか兄弟のいない西田は、父の会社を急遽継がざるを得なくなってしまった。従業員が百人もいる会社を潰すわけにはいかなかったからである。西田の夢はそこで潰えた。あれだけ料理界から将来を嘱望されていた才能の持ち主だったのに……。
その後、僕は佐都子と結婚してハンバーガーショップを開き、澪が生まれた。久しぶりに三人で高知へ帰省したとき、西田は忙しいのに僕たちに時間を作って会いに来てくれ、夜は飲み屋に二人で繰り出した。「お前、随分顔つきが変わったな。すごい優しい顔になったよ。やっぱり、女の子の父親になったからかな」と西田は僕の顔を嬉しそうに見ながら言った。
「そうかな」
「そうだよ。澪ちゃん、お前にそっくりじゃん。可愛くないわけないだろ?」
「まぁな」
「佐都子ちゃんに感謝しろよ」
「うん。ところで、お前は早苗ちゃんとどうなってるんだよ?」
「遠距離だから色々あるよ。それに、彼女に『夢を諦めて高知に来てくれ』なんて言えないしな。俺みたいに途中で夢を諦めて欲しくないんだよ」
「そうか……」
「でも、仲はいいよ。やっぱり、なんだかんだ言っても、支えになってくれてる。泣き言を聞いてくれるのは、早苗しかいないしな」
「なんだ! 結局のろけてるだけじゃん!」
「まぁ、そうかも……」
西田は照れくさそうにそう言った。
「店はうまくいってる?」
「駅前だから、お客さんはそこそこ入ってくれてるよ」
「そうか、良かったな」
「しかし、お前も大変だな。突然会社を継いだんだから」
「まぁな。何にも知識が無かったから最初はほんとに大変だったよ。でもさ、俺は祖父ちゃんだけでなく、親父にも似てたんだなって実感したよ。だって、印刷業なんてつまらないとあれだけ思っていたのに、いざやってみると結構性に合うんだよ。良い物が作れるとお客さんは喜んでくれるしね。結局どんな商売でも、そういうものなんだなと思った。それにな、やっぱり社長業って大変だけど、やり甲斐もあるよ。誰かのために役立ってると思うと働き甲斐はある」
「お客さんだけでなく、社員とか家族とか?」
「うん」
「そうか。それを聞いて、なんだか安心したよ」
「お前でも心配してくれてたんだ」
「あー、そういうこと言う? あれだけ貧乏暮らしを共にしてた仲なのに!」
「そうだったなぁ。本当に貧乏だったなぁ。高知に帰るのにも金がなくて、夜行バスに乗ってたしな。十三時間も座ってたなんて考えられないよ。今だったら飛行機で一時間ちょっとだろ?」
「うん、子連れだから飛行機じゃないと無理だし」
「そうだろうな」
「でも、今考えたら、あの頃が一番楽しかったな。望んだってあんな体験、もう二度とできない」
「そうだな……」
「だけどさ、考えたらほんとにお前とは縁があるよな」
「そうだよな。あの滅茶苦茶混んでる電車で同じ車両に乗ってて、しかも同じ駅で降りて、同じ学校に通ってるなんて信じられないような偶然ばっかりだった」
「でもさ、俺はさ、なんか昔からお前に縁みたいなものを感じてた」
「え?」
「お前、高校生のときから、結構優しい奴だったじゃん」
「え、そうか?」
「ほら、ゴミをいっつも集めて捨ててくれてたじゃん」
「そうだったな。そんなことをしてたな」
「だから、お前と東京で逢えたとき、なんか嬉しかったんだよ。高校生のとき、やり残してた続きがやれるような気がして……。お前に恩返しをしたかったんだよ」
「いや、そうじゃない。俺はお前に感謝してた。だから、あんなことをしてたんだよ」
「?」
「俺さ、本当は小さい頃からいじめられっ子でさ、いつもクラスにあんまりなじめてなかったんだよ。だけど、高校生になって、お前と同じクラスになって、みんなでどこかに遊びに行くときも、いつも自然に俺を誘ってくれてただろう? だから俺はお前に感謝してたんだ」
「え? マジで?」
「うん」
「もしかして、俺を追って東京に来たとか……?」
「バカ言え! さすがにそれはない!」
そう言って二人で笑ったが、西田に衝撃の事実を告げられて、なんだかすごく胸に迫るものがあった。高校生の頃って、みんな何にも考えていないように見えたけど、実際は考えていたことを口にしていなかっただけなんだなと痛感した。
こんな風に高知に帰省するたびに、似たような会話を西田と繰り返し、どんどん増える子供たちの顔を見せ続けていたら、彼もついに決心したのか、突然結婚報告を受けた。十年も遠距離恋愛を続けていた早苗とついに入籍したのだった。僕も佐都子も二人の結婚を心から祝福した。佐都子は、あれだけ仲の良かった早苗が高知に行ってしまうことを少し淋しがってはいたけど、早苗の決断を称えた。やがて二人はすぐに長男を授かり、そうやって年月は流れ、何事もなく順調に、みんな幸せに歳を取って行くのだと思っていた。
それなのに、突然悲報は届いた。




