ラベンダー色の天使(原題 Nobles de lavande bleu)
ラベンダー色の天使 Nobles de Lavande Bleu
作者 不詳
地方 フランス南部。
世界のファンタジア2051~2055年 採録。
男は天才軍師として名を馳せる貴族でした。数多の戦場を駆け巡り、たくさんの兵士と国民たちの信頼を得、王様からも一目置かれる英雄なのです。
ある日、悪名高き暴君率いる帝国軍が王都のすぐそばまで攻め寄せてきました。
英雄は剣を取ります。まだなんの号令も出さないうちから、彼の部下たちも戦いの準備を始めます。
輝く黄金と鋭い白銀で彩られた二本の剣をそれぞれの手で掲げ、英雄が叫びます。
「いざ、平和のために!いざ、民のために!」
ノブレスオブリージュ(高貴なる責務)を実践する英雄、本物の貴族です。そんな彼を見守る二人の少女が居ます。彼女達が、兵士達を見送るたくさんの民衆に紛れて手を振ると、英雄は剣をもっと高く掲げてそれに応えます。
二人は英雄の大事な娘です。その日に十四歳を迎えた双子の娘たち。そのお祝いは、戦いが終わってからになってしまいそうだ。英雄はとても残念に思いました。
英雄の奥さんは、双子の娘たちを産んで間も無く、酷い皮膚の病に冒され亡くなっています。娘たちには、おいしいご馳走もおおきなケーキも作ってあげるお母さんは居ないのです。
英雄は、民衆たちの期待通りに、見事帝国軍を打ち破りました。なんと帝国の暴君さえも倒してしまったのです。
ですが、英雄は暴君を討ち取った時に力尽きてしまいました。彼の部下たちもまた、たくさんがその命を落としました。民衆や兵士達は、悲しみました。空さえも悲しげに雨模様です。そして、中でも一番悲しんでいた人は、言うまでもありません。英雄の娘たちです。
二人は揃って白磁のように白い顔をグシャグシャにして泣きました。
姉は、青色の瞳から溢れるたくさんの涙で、銀色の髪を濡らしました。
妹は、赤色の瞳から溢れる大粒の涙で、赤色の髪を濡らしました。
そんな悲しみの日々が一週間続きました。
姉妹は兵士になる事を決めます。それは重大な決断でした。何せまだ十四歳の子どもです。
しかし、亡くなった英雄から、貴族としての自覚と誇りを受け継いでいたので迷いはありませんでした。英雄の二本の剣は、それぞれ姉妹の剣となりました。
初めて戦場に出た時、二人はそれはそれは驚きました。自分たちよりもまだ幾分幼い少年少女が、容赦なく戦いへと駆り出されていたのです。
父の率いる軍団に守られていたのは、何も二人の娘たちだけではなかったのです。大人たちがいなくなった分、子どもたちが戦います。しかし、双子の姉妹とおおきく違っていたのは、みんな自分の意志で剣を取っているのではないという事です。
いよいよ二人は自分たちの責務を全うする意味を知ります。
姉は剣を天へ掲げ叫びました。
「いざ、平和のために!」
妹は剣で空を斬り叫びました。
「いざ、民のために!」
戦場では貴賎の差など意味がありません。その事を示し、たくさんの幼い兵士たちを鼓舞する二人。
幼い兵士たちにも見覚えのある二本の剣が空へ向いています。
敵は帝国、暴君にもまた子どもがあり、皇太子としてその忌まわしい意志を継いでいたのです。
双子の姉妹がまとめあげた少年兵団は、大人も顔負けの快進撃を続けました。
英雄の祖国が広大な帝国を追い詰めた頃には、双子の姉妹は大人になり、幼かった少年兵団は彼女たちの部下として、それはそれは立派な騎士団になっていました。
しかし、帝国の皇太子は今や第二の暴君として、先代と同じかそれ以上の非道の限りを尽くしていると聞きます。祖国のためにも、圧政に喘ぐ帝国民のためにも、今度こそ暴君を止めねばなりません。
姉が剣を掲げ叫びます。
「いざ、平和のために!」
騎士団の勇敢な男たちも習って叫びます。
「いざ、平和のために!」
妹が剣で空を斬り叫びます。
「いざ、民のために!」
騎士団の凜とした女たちが続いて叫びます。
「いざ、民のために!」
これが最期の戦いです。帝国は帝都陥落を前にしてもなお、降参しません。
姉妹の率いる騎士団は進みます。
消耗し切った帝国軍は、もはや敵ではありません。
ばったばったと敵軍の兵士が倒れていきます。
きっと彼らにも大事な家族が居たでしょう、姉は憐れみます。
きっと彼らに大事な家族を奪われた者も居たでしょう、妹は憤ります。
騎士団の進撃は止まりません。帝都の中心、忌まわしき暴君のお城に到達しました。
お城へ攻め入ると、敵兵の多くは降参し、武器を置きます。
ですが、お城は驚くほど広く複雑な作りであったため、なかなか暴君を見つけ出せません。あまりもたもたしていれば、きっと暴君はどこかへ逃げてしまいます。
とてもとても長い時間、おおきなお城の中を駆け回りました。そしてようやく、暴君の居る尖塔の一室へ、騎士団が到着しました。
双子の姉妹と同じくらいの年頃の、頭に王冠を載せた男がほんの数人の兵士に守られ、震え上がっています。暴君です。しかし、その姿は噂に聞く恐ろし気な印象とはだいぶ違いました。
護衛の兵士たちを蹴散らすと、姉妹は訝しみました。
二人は揃って、何かおかしな感じがしていたのです。
先にピンと来たのは姉でした。姉は妹へ言います。
「お前は今すぐ騎士団を連れてお城から出なさい。暴君は私が見張っているから」
妹は、姉の言いたい事がすぐにわかりました。
「わかったわ、お姉さん。きっとお城の外に、逃げるための馬車があるのね」
以心伝心の二人の会話の真意は、他の者には今一つわかりにくいものでした。ですが、二人を信頼する騎士団です、姉の指図通りに妹と一緒にお城の塔を駆け下ります。
妹が外へ飛び出すと、豪華な馬車と、それをひく四匹の白馬が居ました。
今にも走り出そうとする馬車へ、騎士団が弓矢を使って攻撃します。すると、馬車の車輪が壊れ、馬具が壊れ、馬たちは馬車を置いて方々へと駆けていきます。
妹がすぐさま駆け寄り、馬車のドアを蹴破ると、中には1人の丸々と太った男が居ました。帝国の大臣です。妹は剣を構えながら大臣を引きずり落とすと、騎士達に捕まえておくように言い残し、今来たお城の中を全速力で駆け戻ります。
おおきなお城には、王様や君主が逃げ延びるための隠し通路があるはずです。しかし、暴君が居た部屋には、そんなものはありそうもなかったのです。双子の姉妹が揃って感じた訝しさの正体はそれでした。
だからきっと、暴君を影で操っていた黒幕が他に居て、その黒幕は暴君を置きざりにさっさと逃げてしまうつもりに違いないと、そう姉は推理し、妹へと伝えていたのでした。
そして、その黒幕こそ今しがた見つけた大臣だったのです。
まさに名推理!妹はすぐに事の顛末を、姉に伝えようと、暴君と姉が居る部屋の扉を開けます。
「さすが、私のお姉さん!本当に大臣が一人で逃げようとしていたわ!」
そう報告をし、妹は姉の知性の高さを讃えました。
「さすが、私の自慢の妹ね!こんなに早くに見つけてくるなんて!」
そう返事をし、姉は妹の足の速さを讃えました。
しかし、戦いの終わりを確信し安心した瞬間、暴君が小さなナイフを取り出すと、姉の背へ突き刺してしまったのです。
怯えを忘れたように怒った顔で叫びました。
「知っているぞ、その剣!私の父を殺した剣だ!!」
その目は、妹の持つ金と銀の剣へ向けられています。
妹が姉を助けるために、素早い突きを暴君へとお見舞いしました。
ですが、時すでに遅し、たくさんの血が吹き出しています。
妹が姉を抱きかかえると、姉は言いました。
「平和のために死ぬのなら、父上は褒めてくれるでしょう」
妹は姉の流す血の量と同じくらい、ボロボロと涙を流し、死なないでと叫びます。
間も無く、大臣を身じろぎ一つ出来ないほどに縛りおえた騎士団が二人の元へとやって来ます。騎士団たちは急いで双子を抱えて城を降り、国へと帰ります。
急げばまだ、姉の命を救えるかもしれません。
その間中、妹は騎士団に抱えられるに任せ、姉を抱きしめ、神様へ祈りを捧げます。
どうかどうか、私の姉をお救いください。私の姉は、神様の齎してくださった運命に従い、平和のために戦ったのです。どうかどうか……
しかし、祈りは虚しく、祖国へ戻った頃には姉は死んでしまいました。
戦いが終わってから三日三晩、強い強い雨が降りました。妹は姉の亡骸を抱いて泣き続け、四日目の朝、眠るように息を引き取りました。
騎士団員たちは、王様から受け取った褒美のお金を全部使って、おおきなおおきな真っ白い聖堂を建てて、その中庭に二人の亡骸を埋めました。片時も双子の英雄を忘れたりはしないように。
しかし、翌日になってみるとどうでしょう。つい昨日掘り返した土の上には見た事もない植物が生えていて、紫色の花を咲かせています。
騎士たちはいつしかその植物の世話をする庭師たちへと変わっていきました。紫色の花は驚くべき速度で増えていって、いつしか聖堂の周囲を一面覆ってしまうほどになりました。
騎士団だった庭師たちは、その光景の美しさに歓喜しました。「祝福である、奇跡である、やはり我らが騎士団長であった姉妹は天使に違いがなかったのだ!」口々に言い合いました。いつしかその花を見に遠方から旅人が来るものだから、国は賑わい、国民の生活はうるおい、皆が平和を謳歌しました。
月日が流れ、庭師たちが天寿を全うし、二人の墓標は倒れ、聖堂も朽ち果て、また新しい戦争が始まり、そして、また平和が巡ってきました。
今も夏になると、紫色の花々が咲き乱れます。
天使たちの齎した爪痕は、ラベンダーと名付けられ、世界中の人々に愛されるようになりましたとさ。
おしまい。
美談アレルギーの人間は胸焼けしそう。
おとぎ話あんまり知らないから必要に応じて書く。前書きやら作者やらまで創作。
少女兵に関しては、未来じゃ男女共同参画的思想がもっと進んでいて、そういう改変があるんだよって事。