「その台詞は異世界共通かよ」
水報板に浮かび上がった地図を見ながら、俺は国内最大と言われている【文遊図書館】に向かった。
俺たちの宿泊施設とは対岸沿いにその図書館はある。
川沿いの道を歩いていると、川岸で若者数人と初老の男が何やら集まっていた。一人の若者が川の中に手を突っ込み奴力を流し込んでいる。その様子を観察していた老人が隣の若者に何事か囁くと、若者は持っていた水報板に入力し始めた。
なんらかの実験を行っているようだ。さすが学術都市ってわけだ。
その様子を眺めつつ、歩を進めて行くと、
「ほへぇ!想像していたよりもデッケェなぁ」
と、独り言を呟いてしまった。
それくらい目に前にそそり立つ図書館は大きく立派なモノであった。東京ドームをちょっと小さくしたぐらいだろうか。白いドーム状の屋根が俺を見下ろしている。
豪華な造りの扉を潜ると、あらま!びっくり!
中は図書館というより、水族館といった様相なのだよ。
壁という壁から天井までが全面ガラス張りの水槽となっており、その中を無数の文字群が魚のように泳ぎ回っている。
ドームの中央部には、巨大な円柱形の水槽が天井まで伸びている。天井の接合部分は屋根の水槽と繋がっている。その円柱から文字群が湧き出し、屋根、そして下の壁の水槽まで一定の流れを作っていた。
円柱形の周りには螺旋階段が施設されており、階段からドーム壁面に隣接する各通路に繋がっていた。
人々はみな水槽の前に立ち、手を当てている。特にその手の周りに泳ぎ回る文字群は集まっていた。
「すみません」
と、近くを通りかかった職員らしき男に声を掛ける。
「ここには初めて来たものでして、勝手がわからないのですが」
するとその職員は愛想良く利用の仕方を教えてくれた。
基本的な仕組みは水報板と同じらしい。水槽にタッチして、知りたい情報を念じれば、その関連の文章が泳ぎ集まって来るらしい。
ちなみに、中心の円柱形の水槽から情報をインプットしているんだってさ。職員たちが何やら細々と操作しているのが見える。
さてと、早速利用してみよう。
えーと、何から検索しようかしら。
俺は一階の入り口とちょうど真反対の水槽の前まで移動した。水槽の手前には、軽く歪曲した木の手摺がグルリと設置されている。ここに体を預けて調べ物ができるのね。
水槽に触れる。その箇所から波紋が拡がる。
まず真っ先に知りたいことは、万能穀物ヲリアルについてだ。
頭の中で念じて手を触れ続けていると、上の方からヒラリヒラリと文字群が泳いで来た。そして、俺の目の前に文章が出来上がる。
ヲリアルとは、我らが主ヲイドが古の時代に創造せし聖穀物である。
その多様な利用法と奴力活性化の効能より、万能穀物とも呼ばれている。
(以下中略)
ヲリアルの生産場所は秘匿事項である。
あぁ、やっぱり生産場所は載ってないか。それが一番知りたかったのだがね。
にしても、ヲリアルに奴力活性作用があるとは初耳だ。もしかすると、そこが主食要因として重要なのかもしれないな。
じゃあ、次は……未知の大陸について調べてみるか。
未知の大陸とは、南西方向の果てに存在する人類未踏の大陸の事である。
聖なる教国ヲイドニアとは対極に位置する。古より魔族大陸と同様、ヲイドの加護が行き届かない呪われた大陸であると言い伝えられており、現在においても足を踏み入れる事は禁じられている。(以下省略)
うーん、呪われた大陸か。
魔族たちと同様、人間たちも未知の大陸については詳しく知らない、もしくは上層の者たちは秘匿しているようだ。
じゃあ、次は……。
「あら?ゴリプーじゃない」
と背後から聴き憶えのある声。
「これはこれは、奇遇ですねエヴァ様」
俺は背後に立つセブンス嬢に頭を下げた。
彼女の側にはお付きの娘と護衛らしい伐士が立っていた。そちらにも愛想笑いを向けてみたが、相手は表情をまったく崩さず周りに目を向けている。
「意外にゴリプーは勉強熱心なのね」
と、エヴァ嬢は関心したような表情をしている。
いやぁ、照れるなぁ。
「立派な伐士になる為に、肉体だけでなく頭も鍛えているのですよ」
「ふむふむ、結構な心掛けだわ」
「ところで、エヴァ様はどうしてコチラに?」
ワタクシ?と、彼女は自分を指差すと、懐から水報板を取り出した。
「ワタクシはちょっと薬草について調べ物をしていたの」
そう言って水報板の画面を俺に見せる。
そこには、見た事もない植物の絵とその説明が表示されている。
一見してそれは、治癒に関する効能について書かれているようだ。
この図書館では、気になる文献を2週の間だけ個人の水報板に移す事ができる。期間が過ぎれば勝手に消去される仕組みだ。
にしても、このセブンス嬢は夜海の時も率先して治癒を行っていたな。
「前々から気になっていたのですが、エヴァ様は治癒師を目指されているのですか?」
すると、目の前の少女の顔がどんどん赤くなっていく。
「ち、違うから!」
エヴァ嬢は見るからに狼狽えて叫んだ。そんなにマズイ事を言ってしまったのか、俺は?
「お嬢様、お静かに」
お付きの娘が周りを気にしながら窘めた。
エヴァ嬢も我に返って縮こまる。
「さぁ、もう行きましょう、お嬢様。お約束の時間が迫っています」
お付きがセブンス嬢を出口に促したが、彼女は一歩も動かず俺を睨めつけている。
「あ、あのエヴァ様、お気に障ったのでしたら謝ります。すみませんでした」
「ダメよ!」
「え?」
エヴァ嬢はビシッと俺に指を向ける。
「そう簡単に許さないから。罰として、お前も一緒に来るのよ!」
「え?」
どこに?
「お嬢様、それは……」
と、お付きの娘が割って入ったが、エヴァ嬢は気にも留めない。
「せっかくだし、天才博士にゴリプーを紹介する事に決めたわ。なんだか面白そうだし」
天才博士?
「しかし、先方には……」
「別に遊びに行くだけだから、そんな気遣いは要らないの。それに天才博士ならきっとゴリプーの事を気にいるわ。うん」
エヴァ嬢は一人納得したように頷くと、踵を返して出口に向かった。
「さぁ、行くわよゴリプー」
ってことで、俺は天才博士とやらの所に同行する事になった。
◆
「おぉ、エヴァ様!お久しぶりでございますなぁ!」
「うん。1年ぶりね、天才博士!」
今、俺の目の前でセブンス嬢と老人が握手を交わしている。
その老人は、白いモノが多く混じった立派な顎髭を生やし、紺色のゆったりとした服を身に纏っている。
どうやら、この老人が天才博士らしい。
ここは文遊図書館から北東の先、ほぼ街の端に位置する古い研究所だ。
扉を潜ったすぐ目の前には大きな実験台が備え付けられており、その上に様々な実験器具が置かれていた。
得体の知れない生物や植物が瓶詰めにされている壁付けの戸棚の下に簡易なベッドが置かれており、そこに天才博士は寝転がっていたのだ。
「そうだ。いつものお土産よ」
エヴァ嬢はお付きの娘から綺麗な袋を受け取って、老人に手渡した。
「おぉ、いつもありがとうございますじゃ」
老人は丁寧に袋を開けた。中には焼き菓子が入っていた。美味そう。
「さて、エヴァ様、早速見学されますかな?いくつか新たに手に入った種がありますじゃ」
その言葉にエヴァ様は目を輝かせた。
「っとその前に、宜しければ、そちらの青年の事をこの爺に紹介してくれませんかな?」
「あっ、そうね」
エヴァ様は簡潔に俺の事を紹介してくれた。
「アルゴン・クリプトンです」
俺は頭を下げた。
老人もそれに応えて頭を下げ、
「ワシはザッカリー・バロー天才博士ですじゃ」
老人ことバロー博士は、特に"天才"という言葉を強調して自己紹介した。
俺の経験上、自称天才ってヤツらは6割が本物で残りの4割はただのアホだ。
そして、この老人はおそらく前者なのだろう。ボケてなければ、だけど。
「ねぇ、天才博士、ゴリプーは将来、王剣器隊に入隊するかもしれないのよ?凄いでしょ!」
エヴァ嬢は自慢げに俺の腕を叩いた。
「ほう、それはそれは素晴らしい事ですじゃな」
「えへへ、このゴリプーだけじゃなく、もう一人の家来のルチノスケ、えっとルチノスケ・グウィンも選抜メンバーに選ばれているの。名誉あることだわ!」
「ほほう」
バロー博士は、グウィンという名を耳にした時、その灰色の目を少し光らせたように見えた。
その知性を纏った瞳を俺に向ける。
なんだ?
「よし。じゃあ、天才博士。見学させてもらうわ」
「えぇ、ではこちらに」
バロー博士は、みなを中庭へと案内した。
驚いた。中庭には小さなジャングルが広がっていた。
色鮮やかな植物が中庭に所狭しと植えられているのだ。上には透明なドーム状の屋根が覆い被さっており、さながら温室のようになっている。
セブンス嬢は喜び勇んで中庭へと飛び出した。その後をお付きの娘、そして護衛の伐士が追う。
俺も付いて行こうとしたのだが、バロー博士に呼び止められた。
「少し話をしようではないか、アルゴン君?」
バロー博士は微笑を浮かべながら、中庭端にある木製のベンチを指差す。俺は彼に従って腰掛けた。
「夜海の話はここまで届いておる。大変じゃったろう?」
「えぇ、まぁ。伐士のみなさんとフォース様のおかげでなんとか助かりましたよ」
うんうんとバロー博士は頷いた。
「エリックがたまたまあの付近に居ったのが不幸中の幸いじゃな」
ん?
エリック?
この博士はフォースを名前で呼び捨てにしたぞ。
「あの、フォース伐士団長とはお知り合いなのですか?」
と、問うと、バロー博士はニヤリとして頷いた。
「あぁ、ヤツがまだロジャーズだった頃からのな」
エリック・ロジャーズ。
それがフォースの元の名前か。
「へぇ。凄い」
「当たり前じゃ、ワシは天才博士じゃからな」
それにな、とバロー博士は言葉を続ける。
「なんたって、あのコシュケンバウアーを育て上げたのはワシなのじゃぞ?」
コシュ……だれ?
俺が首を傾げている事に、バロー博士は心底驚いている様子だ。
「お主、この国に暮らしておいて、まさかコシュケンバウアーを知らんのか?」
「あー、イナバウアーかジャック・バウアーなら……」
おおう、とバロー博士は膝に手を突いた。大げさなこった。それとも俺がオカシイのか? セリスから教えてもらっていないし、見てきた資料や水報板にもそんな名は載っていなかったはずだ。
「まったく、これじゃから最近の若者は……」
やかましい。
その台詞は異世界共通かよ。
「いいかね? アイザック・コシュケンバウアーは、王立奴ウ力学会の現会長なのじゃよ。つまり、この国で一番権威ある研究者という事じゃ」
王立奴ウ力学会の会長、ねぇ。
その権威ある研究者を、この目の前の老人が育て上げたって?
「そのコシュケンバウアー博士があなたの弟子だったのですか?そりゃ、すごい」
「うむ。ワシの助手を数年間務めていたのじゃ」
と、軽く胸を張るバロー博士。
俺が想像していたよりも凄い人みたいだ。自慢癖があるみたいだが。
「ところで……」
と、博士は話を変えてきた。
「君はグウィン君と親しいようじゃな?」
「ルシアンの事でしたら、はい、親しい友人です」
博士の顔つきが真剣なモノに変わっている。どうやらここからが本題らしい。
チラッとエヴァ嬢たちに目を向ければ、真っ赤な花を夢中になって観察している。他の2人もコチラに意識を向けていない。
「ルシアンか。それは本来の彼の名ではないのじゃがな」
「え?」
どういう意味だ?
「いや、正確に言えば、名付けの儀式の時に彼の両親が付けようとした名を、教会は却下したのじゃ」
なぜ、そんな事を知っているのだろう?
その疑問を察したバロー博士はさらに言葉を続ける。
「ルシアン君が産まれた日、ワシもすぐに側にいたのじゃよ。彼らがこのカルスコラに暮らしていた事は知っておるかの?」
俺は頷いた。
「ワシは彼らと親しくしておってな。時には実験を手伝ってもらったし、ワシが彼等に助言を与えた事もあるのじゃ」
バロー博士は上の空を見上げた。
「ルシアン君が産まれたのはちょうど夜明けの時じゃった。あの日は誰もが印象に残っているはずじゃよ。普通の夜明けではなかった。空一面が眩い黄金色に輝き、一切の闇を払い去った。聞けば、世界中が暖かな黄金色に包まれたらしい」
黄金色……。
「そこから取って、ルシアン君は"光をもたらす者"の意を持つ名を付けられるはずじゃったのだが、教会の奴ウ父たちが却下したのじゃ、父ヲイドに仇名すとして、な」
まぁ、日本でも付けられない名があるらしいしな。わからなくもない話なんだろな。
「ちなみに、その名前は?」
と、俺が問うと、
「"ルシファー"じゃよ。それがあの青年が名付けられるはずだった名じゃ」
「ルシファー……」
ルシファー・グウィン。
それが本来のルシアンの名…………ちょっと、カッコ良すぎじゃないですかね?
いや、ルシファーってあのルシファーか?堕天使の?
それがヲイドに仇名す?
どゆこと?
「思えば、その頃から彼らは目を付けられていたのかもしれんなぁ」
バロー博士は俺の疑問を余所に話を続ける。
てか、え?目を付けられる?
「あの、それは一体……」
博士は俺の言葉に被せるようにしてトンデモ発言しやがった。
「ワシはな、彼らは謀殺されたと考えておるのじゃ」




