「相変わらずキモ……いや、威圧的な御姿だ」
コルヴィアまでは2日間程掛かった。
その間の道中、様々な事が起きた。例えば、イビキがうるさ過ぎるドゥリ教官をバルコニーから落とそうとしたり、悪酔いしたアーロンが大暴れしたり……。
まぁ、その辺は語る必要もないし、うん……二度と思い出したくない。
それよりも今は目の前の街を見ていこうかね。
コルヴィアは上空から見れば、綺麗な円の形をしている。高い防壁には等間隔に馬車用の門が開けられており、それぞれに街道の舗装された道が続いている。
街道の集中点だ。
門をくぐると、中には広い円周の通路に繋がっていた。何列もの通路が並び、そこをいくつもの馬車が行き来していた。
内周の方の壁にも門がいくつかあり、そこから街の中へと入って行けるようだ。だけど、今回は街には入らない。円周の通路を走り、北東方面の門へと向かう。門のすぐ手前にある停車場で馬車を停めると、そこで馬を換える作業に入った。
「すっげー馬車の数だよなぁ」
ルシアンが手摺に体をもたせ掛けながら言った。
俺とヤツはバルコニーから馬車の行き交う通路を眺めていた。その他のヤツらはソファでマッタリしている。
「さすがは交通の中心って感じだよな。この街の伐士隊はさぞかし忙しいんだろうよ」
ハブ空港というよりはバスターミナルみたいだな。
これだけ多くの馬車が走っていても混乱しないのは素直にスゴイよ。
俺は手摺に顎を乗せていたのだが、不意に下から話し声が聞こえてきたので、そちらに視線を向けた。
下の階のバルコニーにはジーンキララとエヴァ、女中の娘が立っていた。ジーンキララとエヴァはなにやら楽しげに話し込んでいる。
そう言えば、この旅が始まって今日までエヴァとはまともに話していないなぁ。
下の彼女たちを眺めていると、ジーンキララが俺の視線に気づいた。軽くコチラに手を振り、エヴァの肩を軽く叩く。
エヴァは上を見上げ、俺の姿を認めると、笑顔を見せて軽く手を振ってきた。俺も振り返そうとしたのだが、その前に女中の娘がエヴァを室内に促した。その女中は厳しい一瞥を俺に向けてきた。
やれやれ、お嬢様に近寄る虫は徹底的に排除したいようだな。
◆
馬の繋ぎ替えを終えた後、俺たちの馬車は北東方面に向けて出発した。
今回はコルヴィアの街の様子は伝えられなかったけれど、それはまた別の機会にね。
さて、改めてカルスコラへ向けて出発したわけだが、特に何事もなく平穏な旅であった。
コルヴィアを発って2日目の夜。俺はバルコニーで1人チビチビと酒を飲んでいた。
他のヤツらは談話室なり寝室なりでのんびり過ごし、ルシアンは飽きもせず筋トレに励んでいた。
遅くとも明日の正午までにはカルスコラに到着するそうなので、アーロンが今日は馬鹿騒ぎしないようきつく釘を刺していた。
俺は過ぎ行く荒野を眺めながら、今後の行動計画について考えていた。っても、俺1人だけでやれる事には限界がある。一応、サイラス・セブンスという駒は手に入れたけどね。
うーん、そろそろ仲間が欲しいところだな。
例えば、ホームズにワトスン、御手洗に石岡くん、火村に有栖、タタルに奈々ちゃん、みたいな?
そんな助手的な仲間が欲しいのさ、俺は。
できれば奈々ちゃんみたいな可愛らしい女性、もしくは美由紀のようなカッコイイ女性が欲しいところだねぇ。あぁ……。
「私がいるではないか?」
と、不意の甲高い声。
もしかしなくともンパ様だ。
「どうした? なぜ手摺に跨っているのだ?」
ンパ様はそのもじゃもじゃの触手をうねらせながら俺に近づいて来た。相変わらずキモ……いや、威圧的な御姿だ。
「いえ、その不意な事だったので、驚いてしまいまして、はい」
俺はバルコニーに降り立ち身を竦ませた。
「なに、お前が寂しそうだったからこうしてあらわれてやったのだ」
ンパ様は俺の手の中のグラスにジロリと目を向ける。
「で、お前は呑気に酒を飲みながら旅を満喫しているわけだ」
「いや、あの、これも潜入の為でして……」
「言い訳はいい。ちゃんと躾けてやるからな」
ひえぇ。
「ここは既に精神世界なのだ。だから遠慮なく声を上げて良いのだぞ?」
「それどんなプレ――あっ」
それから体感的に何時間という"お仕置き"を受けた。
まぁ、比較的優しめなモノだったから助かったけどね。
「それで、お前はこれからどうするつもりなのだ?」
汗をびっしょり掻いた俺をンパ様が見下ろしている。
「ハァハァ、あの、ハァ、ハァ……カルスコラは学術都市でありましてですね。様々な、ハァハァ、知識が集まっているのですよ。だからこの世界の根本に関わる法則や歴史を知る事ができるかなって考えています」
「なるほど……」
俺は恐る恐るンパ様を見上げ、
「あと、このお茶会では国の有力者が集まるわけです。このノーベンブルムの現状の勢力図を把握できると期待しております。なんせこのアーティ、ノーベンブルムを内側から切り崩して行こうと考えているのです」
「……ほう」
ンパ様の金色の眼がキラリと輝く。
「それは如何にして?」
「はい、この国に第3勢――」
「ゴリプー!!」
突然、下から呼びかけられた。
見れば、エヴァ嬢が下のバルコニーからコチラを見上げていた。
「ゴリプー、なにボッーとしているの?」
エヴァ嬢が小首を傾げて尋ねる。
なるほど、精神世界でンパ様と会話している時はそんな風になっているのか。
ったく、ンパ様と話している時に……。
ちなみに、いつの間にかンパ様はいなくなっていた。
「ねぇゴリプー、こっちに降りて来なさいよ」
何を言っているんだ。
「いや、それはさすがにマズイですって」
「なんですって!ワタクシとお話したくないのっ!?」
エヴァ嬢、毎度お馴染みのヒステリックな叫び声。ただし、いつもより小声だ。
「いや、そんなわけではないのですがね。他の人に見つかったら私が社会的に抹殺されてしまいますからね」
「むむっ。それはまぁ、そうね」
お、わかってくれたのか。
「じゃあ、ワタクシがそっちに行くわ!」
は?
「ちゃんと受け止めてよね。そーれっ!」
エヴァ嬢、スカートの裾を掴むと思いっきりジャンプした。
通常では考えられない跳躍、奴ウ力を使ったのだろう。俺の目の高さに彼女の体が浮かび上がった。ただし、馬車は進み続けているので彼女の体は後方へ……って!
俺は慌てて身を乗り出してエヴァ嬢を抱きとめた。そしてバルコニーへと引っ張り込む。
「ちょ、マジっすか!」
彼女の突飛な行動に呆れる俺を、エヴァ嬢は満面の笑みで見下ろしている。
「良くやったわゴリプー、さすがはワタクシの家来ねっ!」
そりゃ、どうも。
「って、もし俺が受け止めてなかったら大怪我してましたよ!」
「しないもん!奴ウ力でちゃんと着地できるし」
そうなの?
「そ、それはそうだとしてもですね。後ろの伐士隊に見られてたらマズイですよ」
後方を走る馬車を見やるが、特に動きはない。エヴァ嬢のお転婆な行動には気づいていないようだ。
「それで、ゴリプーは1人で何をしていたの?」
エヴァ嬢、平然と別の話題に切り替えて来た。
「ふっ、私はダンディですからね。夜風をつまみに酒を飲んでおったのですよ」
「ゴリプーは風を食べるの?」
いえ、適当に言っただけです。
「まぁ、それは置いといて、エヴァ様は何を?」
するとエヴァ嬢は憮然とした顔で、
「退屈だったから、バルコニーで夜景でも見ようかなって。だって、ずっとこんな馬車に閉じ込められてたら頭がおかしくなっちゃうもの」
まぁ、わからんでもないね。
「本当はこっちの階に遊びに来たかったのだけど、お母様やマリアがダメだって言うから」
まぁ、そうだよね。
「下にもこっちの階が楽しそうにしているのは聞こえていたわ」
あ、それは申し訳ない。
「……」
気がつけば、エヴァ嬢がじっと俺の顔を見ている。
「ど、どうしましたか?」
エヴァ嬢はなにやら話そうとしているようだ。
「あの……」
珍しくモジモジしている。だが、
「ううん。何でもない、それより……」
と、彼女は話題を変えてしまった。
何を言うつもりだったのだろう?
ま、何であれ、彼女が話すのを止めたのなら、それを尊重しよう。
俺とエヴァ嬢は夜風の吹く中、取り留めもない話を続けた。
夜が明ければ、カルスコラはもうすぐそこだ。




