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「でっけー山だよな」

「うっわー! すげーフカフカなベットだぜ!」


 と、個室からソーユーのはしゃぎ声がする。馬車が出発してすぐこのはしゃぎ様だ。

 ちなみに野郎がいるのは個別に設えられた寝室。馬車の後方部分に数列の仕切られた寝室があるのだ。


 にしてもソーユーのヤツ、ガキじゃないんだからベッドくらいではしゃぐなよな。


 自分の寝室に入り、試しにその純白のベッドに触れてみる。


 柔らかッ!


「……」


 うむ。


「やっほーい! こりゃ、天使の弾力やー!!」


「おいッ! 静かにしろ、ソーユー、クリプトン!! 下にはセブンス様たちがいらっしゃるんだぞ!」


 アーロンの怒声に俺とソーユーは飛び跳ねる事を止めた。

 そう、俺たちは4階の部屋を与えられ、3階にはセブンスたちと女中、それにジーンキララがいる。

 ジーンキララはただ1人の女性って事で特別下の部屋に配されたわけだ。紳士たる俺たちが野蛮な事するわけねぇのにな。


 俺は寝室から出た。

 前方部分は居間というか、談話室のようになっている。豪華な絨毯に、これまた上等なソファ、棚には装飾の凝ったグラスに高価な酒が入っていた。

 とても馬車の中だとは思えない。どっかの高級ホテルにいる気分だ。


「ふむふむ、ホッチキスが居てくれて助かるぜ。バカ3人の手綱を握ってくれるからな」


 と、ドゥリ教官はソファにドッカリと座り込んでいる。さっきのダーツ教官との真剣なやり取りはどこに行ったのやら。


「待ってください。2人はわかるとして、あと1人は誰です? ルシアンですか?」


 とジューン。


「いや、俺はベッドで飛び跳ねるなんてアホな事はやらねぇって!」


 とルシアン。


「じゃあ、アルゴン、ジューン、ジーンキララの事だろ?」


 とソーユーがふざけた事を言うので、


「いや、お前は確定だろ。おそらく、残り2人はジューンと教官自身に違いない」


 と俺。


「いやいや! なんで自分の事をバカ呼ばわりするんだよ!」

「そもそも教官がしっかりしてないから、コイツらは気が緩むんです」

「えぇ? ホッチキス!?」

「あぁ、喉乾いた。酒飲もうぜ」

「おいソーユー、真っ昼間から酒を飲むつもりか!?」

「ここにあるんだから飲まなきゃ損だろ?」

「あ、俺も飲む」

「僕も頂こうかな」

「おいッ! やめろ!」

「嫌だよーん、止めたきゃ捕まえてみな!」

「このっ!」

「アーロン、もう諦めようぜ。でなきゃもたねぇよ」

「グウィン、何を馬鹿な……」

「……俺も飲もうかな」

「教官ッ!?」


「おーい、遊びに来たよ……って」


 下の階から上がって来たジーンキララはやれやれと頭を振る。


「早速騒いじゃって、みんな子供だなぁ」


 ◆


 俺たちが目指している【カルスコラ】は【ベネルフィア】の真北の方にある。

 しかし、俺たちが乗る馬車は北ではなく西に向かっていた。

 理由は2つ。


 まず1つ目は、ベネルフィアの北には大きな山脈が拡がっているからだ。

 山を越えて行くのが最も最短のルートではあるのだが、その分危険なのだ。滅多に通る者もいないらしい。

 たとえ街道伐士隊の護衛(彼らは専用の馬車で前と後ろをカバーしてくれている)があったとしても、危険な道は避けるべきだからな。


 もう1つの理由は、ベネルフィアから北西の方角にある街【コルヴィア】を通った方がより早い移動が可能だからだ。


 この【コルヴィア】という街は、元の世界で言うところのハブ空港のような街なのだ。

 大陸南方の中心部に位置するこの街には、馬車引き用の馬が大量に飼育されている。

 遠い街への移動となると、馬も当然疲れちまう。だから、このコルヴィアで馬の繋ぎ替えを行うってわけだ。


 南方交通の中心地。それがコルヴィアだ。

 国の交通を取り仕切るシックス家が治める街でもある。


 あ、ちなみにベネルフィアにいたローウェインたちシックス家の連中も、俺たちより数日前にカルスコラに向けて出発していた。シックス家の娘もお茶会に参加するからね。



 夕方に一度、街道の要所にある休憩所に寄った以外はずっと馬車は走り続けた。

 食事はセブンスの使用人が運んで来てくれた。食料は1、2階の荷積み場に保存してあるらしい。腐らない処置もバッチリなのさな。


 飯を食った後は、各自まったりと過ごしていた。

 俺はソファでくつろいでいたのだが、不意に風が頬を撫でた。後方を見れば、個別寝室のさらに奥、バルコニーに通じる扉をルシアンが開けていた。ヤツはバルコニーへと出て行く。

 俺はなんとなく気になって、ルシアンの後を追ってバルコニーに出た。

 背後からの西陽は、馬車の屋根で遮られているので、バルコニーには陰が差している。

 ルシアンは片手に袋を持ち、もう一方を手摺に乗せて前方を眺めていた。

 前、つまりは馬車の後方には一定の距離を置いて街道伐士隊の馬車が走っている。なんとも頼もしい光景だ。だが、ルシアンの視線はそこではなく、遥か後方に向けられていた。既に薄暗くなった東の空の下、灰色の大きな山脈が、まるで巨大生物のように横たわったいる。ルシアンはその山脈に目を向けていた。


「でっけー山だよな」


 背後からの俺の声にルシアンは振り向いた。


「ノーヴ山脈は南方で一番高い山だからな」

「行ったことあるか?」


 何気なく質問したのだが、ルシアンは躊躇いがちに山の方を向く。そして意を決したように再び俺の方を向いた。


「俺たちの両親の事、クリスに聞いたんだよな?」

「……あぁ」


 なんで今、その話題になるんだよ。


「あの山でなんだ、俺たちの両親が死んだの」

「えっ?」


 不意な告白にさすがの俺も面食らった。

 彼らの両親が魔族に殺された事は前に聞いている。

 カルスコラからベネルフィアに向かっている間の出来事で、生き残ったのは幼いルシアンとクリスだけだった。

 でも、それがどこで起きた事なのかは具体的に聞いていなかった。


「それは、その……」


 正直、こんな話をされても反応に困る。


「すまん、急にこんな話をされても困るよな」


 と、ルシアンは俺の考えを察したかのように苦笑する。顔に出てたかな?


「ただ、あの山を見ていると、なんて言うのかな、ツライとかじゃなくて、あー!わかんねぇ!」


 いや、俺の方がわかんねぇよ!


「……うん、要するに、俺は絶対に優秀な伐士になるって事だッ!」


 いやいや、どんだけ飛躍してんだよ。


「よしっ!」


 ルシアンは気合を入れると、持っていた袋から短い鉄の棒を取り出した。ここで筋トレするつもりらしい。


「硬い荷物の正体はそれかよ。なにもこんな時にやらなくったって……」

「いーや、鍛錬は日々積まないといけねぇ」


 ヤレヤレと首を振りながら、視線を前方に向ける。


「でもさぁ……」

「あ?」


 ルシアンは筋トレしながら不思議そうな顔をしている。


「親父たちはどうして山を越える事にしたのかなって、ずっと疑問なんだよな。コルヴィアを経由する方が早いし安全なのによ」

「……そうだな」


 それは、確かにルシアンの言う通りだ。

 彼らの両親はただの休暇でベネルフィアに向かっていたと聞く。わざわざ危険な山道を通る必要性を感じない。


 それともう1つ謎がある。

 クリスは襲撃した者の姿を、漠然とながら覚えていた。

 それは黒い巨大な蛇。

 俺はそれが魔手羅だったのではないかと秘かに考えている。

 じゃあ、なぜ魔人がルシアンたちの両親を殺したのか?

 これがわかんねぇんだな。まぁ、ホントに運悪く何か別の魔族に襲われただけなのかもしれんのだが……さてな。


 俺は暗がりに浮かぶ灰色の山を見上げた。

 先程は漠然と大きいなというだけの印象だったのだが、今ではそこに、芯が凍えるような冷たいナニかを感じていた。



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