「赤道の王…………プッ」
魔族の秘密基地【水底の月】に到着した俺は、早速作戦書をダークエルフ姉妹に手渡した。この厄介な手土産に、彼女たちは眉間に皺を寄せるのだった。
「はぁ、面倒な事になりそうね」
シャーナが椅子の背にもたれ掛かりながら愚痴を言う。隣のセリスも深刻な顔つきで光を放つ地底湖に目を向けていた。
俺たちは地底湖に張り出しているテラスの一席に腰掛けている。作戦書を彼女たちに渡した後、ここで飯を食う事になったのだ。メニューは当然七色魚バーガーさ。ベネルフィアのヲリアルパスタも美味いけど、やっぱりこのバーガーが最高だぜ!
「レーミア様には報告したよ。それと【巨神ガメの甲羅】の方にもね」
とセリスが頬杖を突きながら言う。
そっか、レーミア様は中央大陸に行っているんだったな。
「ヴぇーみあじゃまはどうじで――」
「ちょっと! 食べながら話さないでよ。喉に詰まるわ」
シャーナが呆れ顔をしながら、ピッチャーの水をグラスに注いでくれた。その水を一気に飲み干す。
「プハッ! ありがと、シャーナちゃん。んで、レーミア様はどうして中央大陸に行かれているの?」
すると2人は顔を見合わせ肩をすくめた。
「それが私たちも詳しくは聞かされていないのよ。そんなに長くは掛からないと仰られていたけど……」
はてさて、例の黒幕に関する事だろうかね?
それとも別の事?
「とりあえず作戦書は砦のフェムート将軍にお渡しするから。でも、これからは砦に戻るのも注意しないとね。伐士団が見張っているかもしれないし……」
とセリス。
確かにその可能性は高いかもな。でも、ベネルフィアではその辺の情報は一切入って来ないんだよなぁ。どうなってんだろ?
「ホント面倒だわ! ゴブリン王の件から始まりここ最近色々起こりすぎ!」
とシャーナが腕組みしながら言う。
まぁ、彼女の言う事には同感だ。俺はいつも巻き込まれてばかりだぜ。名探偵コ◯ンかよ。
「色々起こったと言えばダーティ、ベネルフィアの襲撃の件聞いたよ。セイレーンが関わっているのかもしれないって?」
セリスが声を潜めて言った。周りの席にはチラホラ魔族たちが腰掛けているのだ。
「うん。でも確信があるわけじゃないよ? 海からの歌声で彼女たちを連想したんだ」
「他の人間たちもその歌声を聞いてる?」
「いや、遠い海から聞こえる感じだったからね。普通の人たちには聞こえてなかったばずだよ」
するとセリスは訝しげな顔をする。
「そんな遠くの声をよく聞き取れたね?」
ギクッ!
しまった……。
「あ、いや、俺は耳がいいからさ!」
我ながら言い訳にもなってない言い訳だと思う。
「まぁ、その事は保留にしてあげる」
セリスが悪戯っぽい目つきで言う。
むむっ! とんだマヌケだぜ。ただでさえセリスは俺の事を疑っている節があるのによ。
「セイレーンが関わっていたとして、彼女たちが水龍までけしかけてたと思う?」
「いや、思わないね。あくまで水龍の襲撃にヤツらが乗っかって来たんだと思うよ」
その辺はジーンキララが言っていたからね。間違いない。逆に言えばそれくらいしかわからないのだけど。
「私もそう思うわ、お姉さま。そもそもどうして水龍がやって来たのかが謎なんだけど」
と小首を傾げるシャーナ。
彼女たちには水龍の卵の事は教えていない。
「その辺についてはダーティ、あんたはどう考えてる?」
とセリスが俺に問いかける。
「んー、前にもシャーナちゃんに言ったけど、大海の主が関わっている可能性はないかな?」
「大海の主が指示したと?確かに水龍を従える事ができるのはあの方くらいだろうけど……。セイレーンや魚人も主が命令したと?」
「あくまで可能性があるかなって程度だよ」
ジーンキララが言っていた"アッチ側のヤツら"。
ソイツらがセイレーンを使って魚人を操っていた。
ヤツらとは何者なのか? そこがこの襲撃事件の一番の謎ですわ。
考え込みながらバーガーをパクついていると、建物の方から下卑た笑い声と金属が擦れ合う音が聞こえてきた。
そちらに目を向ければ、いかにも柄が悪い魔族どもがテラスに入ってきた。
種族は、巨体が特徴的なトロールやオーガ、サラマンダー(人間形態)など様々だ。
彼らは乱暴に周りの席を蹴り飛ばし、床に胡坐をかいた。他の魔族など眼中にないようだ。
「おい! さっさと食い物と酒を持って来い!!」
トロールが床をバンバン叩く。おかけでこっちのグラスの水が零れちまったぜ。
「アイツらは?」
「アーリルフ将軍の部下たちよ」
シャーナが溜息混じりに言った。
アーリルフか。北方四将軍の中でまだ俺が会った事がないヤツだな。
「ここ最近、人間たちの街道を襲っているみたいね。"序数狩り"をやってるんだってさ」
「序数狩り? それってセブンスやシックスみたいな序数の名を持つ人間を襲ってるってこと?」
「そうよ」
「そういう命令が下されているの?」
シャーナは首を振った。
「いいえ、彼らが勝手にやってること。一種のゲーム感覚ね。序数持ちだとそれなりに護衛が付いているでしょ? だから特に狩りのスリルを味わえるんだって」
何だそれ? 意味わからん。
「えと、それは魔王軍としては容認してていいの?」
「ダメ。不用意に敵地で暴れ回られるのは本当に迷惑」
セリスは酒を浴びるように飲み始めた彼らを睨みつけていた。
「んーと、アーリルフ将軍は止めないの?」
「部下の事なんか放ったらかし。自分の研究の事にしか興味がないみたい」
「研究って?」
「魔力や人間の奴ウ力とかいろいろ。アーリルフ将軍は研究者なんだ」
研究者が将軍ねぇ。
選ばれる基準がようわからんな。
「正直言って、アーリルフ将軍は将軍の器じゃないと思うわ」
と、シャーナがとんでもない事を言うもんだから、慌ててセリスが窘めた。
「でもお姉さま、みんなこの任命を疑問視しているでしょ?」
「それはそうだけど……」
一体何の話だろうかと疑問に思っていると、シャーナが周りをキョロキョロ確認しながら顔を寄せてきた。
「本当はね、北方四将軍に任命されるはずだったのはアーリルフ将軍ではなく、ファントム将軍だったらしいのよ」
「え? ファントム将軍が?」
ファントムだって?
あの好青年的な見た目の吸血鬼。実は俺たちよりも遥かに年上なんだ。
その笑顔の裏には何かを隠し持っていると俺は感じていた。
正直に言うと、ゴブリン王の件はこのファントムが黒幕なのではないかと俺は思っているのだ。
その根拠は、と言われると答えに困るけど……。
まぁ、セトグールがヤツの下で働いていたわけだ。関係性を疑ってもおかしくない。
それに、静寂の森の件があった時、ヤツはまだこの北大陸にいたんだぜ?
怪しさ満点よ。
「ファントム将軍自らが志願していたそうなのよね。北大陸のノーベンブルム王国は四つの大国の内で最も強力だから、魔王様もあの方なら最適だろうって。だけど、フェムート将軍が異議を申し立てたらしいの。必要なのは力ではなく、正確な分析力と知識だって。フェムート将軍は言葉巧みに周りを説得して半ば強引にアーリルフ将軍を北方将軍に任命したんだって。まだ私たちが生まれる前だし、レーミア様もまだ小さかった頃の話よ」
ファントムは北大陸を志願していたのか。その理由は何だろう?
それと、フェムートがアーリルフを強引に将軍にした理由は?
「フェムート将軍がアーリルフ将軍を手許に置いておきたかった理由は何か知ってる?」
と俺が問い掛けると、シャーナはより声を潜めて囁いた。
「あくまで噂なんだけど、アーリルフ将軍は魔力について何かスゴイ発見をしているんだって。それはもうこれまでの常識を覆すくらいスゴイ発見らしいんだけど、その研究資金の多くをフェムート将軍が出しているそうなのよ。だから、常にアーリルフ将軍を手許に置いて、その手柄を独占するつもりなんじゃないかって……」
「へぇ……」
「あくまで噂だから、信じ込まないで」
とセリスがシャーナを軽く睨みながら言う。シャーナは軽く舌を出して謝った。
フェムートの話も気になる。なんせ、黒幕候補No.2だからな。でも、今は置いといて、気になるのはやっぱりファントムだ。
「にしてもさ、魔王様が認める程の特出した強さをファントム将軍は持っていたの?」
前に現数力で見た時はそんなでもなかったはずだが……。
「そうらしいわ。まぁ、私たちが生まれる前の話だから実際に見た訳ではないのだけど、その当時のあの方は冷酷な殺戮者だったそうよ。今の穏やかな物腰からは考えられないくらいね」
むむっ! それは聞き捨てになりませんぞ。
「当時は今よりも混乱していた時代らしくてね。中央大陸内で魔王軍と反魔王派の争いが絶えなかったらしいの」
あー、はぐれ魔族たちとか、高魔族の中にも反旗を翻す者がいたとか聞いたな。
「その争いに、ファントム将軍……まぁ、当時は一兵士に過ぎない彼も参加していた」
シャーナを深刻な顔つきで語り続ける。
「ファントム将軍は次々と反魔王派の連中を殺し尽くしたらしいのね。その冷酷さには味方も怯える程だったとか……」
確かに今の優男風のヤツからは考えられないなぁ。
「その体を敵の返り血で真っ赤に染め、その戦場も一面が血の海。そこで付けられた異名が"赤道の王"」
「赤道の王…………プッ」
熱帯かよ。ぷぷっ!
「あー! 今笑ったでしょ!」
とシャーナが指差してくる。
「違うよ、違うよ! 今のは咳だよ、ゴッホ! ゴッホ!」
「もう! せっかく話してあげてたのに! もう知らない!」
シャーナは怒ってソッポ向いちまった。
「ごめんよ、シャーナちゃん。俺、謝るから、ね?」
「ツーン」
あ、もうダメだ。しばらく口聞いてくれないやつだ。
その俺たちの後ろではアーリルフの部下どもがバカ騒ぎしている。この幻想的な風景にここまで不釣り合いな連中も珍しい。
騒ぎから逃れるようにして中へ戻った俺たち。
セリスが俺に渡す物があるそうなので、小部屋で少し待った。その間、シャーナは口をきいてくれない。
「お待たせ」
セリスがソレを持って戻ってきた時、俺は椅子から下にひっくり返っていた。シャーナにどうしても口をきいて欲しくてつい悪戯してしまったのだ。
「どうした?」
「い、いや、何でもないよ。それより……うわぁ、懐かしいな!」
セリスから受け取った黒衣をしげしげと眺めまわす。
リリアンナ特製の巫女忍者服だ。フードを被れば仮面を着けているように見える中々高性能な衣服なのさ。
いやね、あの夜海の攻防を経験してさ、場合に寄ってはアルゴンよりもダーティとしての方が動きやすいと気付かされたんだよね。だから、前もって取り寄せてくれるように頼んでおいたのだ。
「ありがとうセリスちゃん!」
「礼はいいから。それよりも気を付けて。どうやら、私たちの知らないところで動いている者たちがいるようだから」
俺が相槌を打つと、シャーナが軽く咳払いする。
「あー、人間の街も物騒になっているようだから、街に潜入している魔族は注意しないとね。あー、今の独り言ー」
セリスと俺は顔を見合わせ苦笑するのであった。




