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「異世界で初めての食事が、ゴブリンの王と死体の山に囲まれて、なのだが……」

 扉の奥から2匹のゴブリンが小走りで出てきた。

 彼らは既に動かなくなった同胞の手足を掴むと、どこかに運んで行った。


 俺を拘束していたゴブリンどもも、さっきまでの雄叫びはどこへやら、沈黙して白い建物へと歩き始めた。

 この状況から考えるに、あの白い建物の中にはゴブリンどものボスがいるのだろうな。

 俺は唾を飲み込んだ。

 このゴブリンどものボス、安々と自分の部下を殺すボス……。やべぇよ、絶対ヤバイ奴だよ。火だるまにされたらどうしよう? 熱いの苦手なんだって、俺。


 開け放たれた扉から、俺たち一団はゾロゾロと中に入った。

 外から見るよりも中は広かった。薄暗いながらも、壁や床、天井が全て白い事がわかる。

 そして、入り口から奥までズラッと白い木製の長椅子が置かれている。教会みたいだ。

 

 訪れた者に清潔で整った印象を与えたはずの建物。だが、今ではその壁は血で汚れ、長椅子のいくつかは見るも無残に破壊されていた。また、入った時から血の臭いがしていた。


 建物の一番奥に十字架やマリア像などは無かった。その変わり、奥の壁には<巨大な目>のモニュメントが取り付けられていた。壁と同様、白く塗られている。その瞳は空虚で不気味だった。

 思わずンパ様を思い出してしまう。怖い、怖い。


 その<巨大な目>の下には白い石の祭壇のような物が設置されていた。何かの儀式に使うのだろうか? その用途が何であれ、今の使われ方が間違っている事だけは確信できる。と言うのも、その祭壇に上背2メートルを超えるでっぷり太ったゴブリンが座っていたのだ。


 俺は瞬時に理解した。

 コイツがゴブリンどものボスだ。


 太っちょゴブリンは他のゴブリンと違い、金属製の鎧と緑色のマントを身に着けていた。頭には所々歪んだ王冠を被せている。そういえば、森で捕まった時、ゴブリンの1匹が"王"とか言ってな。って事は、この太っちょがゴブリンの王って事か……。


 王の横には木製の皿と水が入ったピッチャーと大きい杯が置いてある。皿の上には、食パンに似た食べ物と黒く焼けた厚い肉が載せてあり、その肉には短剣が刺してあった。

 俺たちは白い長椅子の間を通り抜けて、ゴブリン王のところに近づいた。

 王は自分の足下に跪く配下と話をしているところだった。


「クラムギール王よ、なぜ、ザビルを殺したのです!? あいつは腕が立つ戦士でした。貴重な戦力ですよ!」


 配下が王を上目使いに見ながら言った。

 ザビル……。俺が現数力で調べたゴブリンだったのか。


「ふん! 知ってるわ! 確かに俺もヤツの実力は認めていた。だがな、ヤツは魔王様を侮辱しようとしたんだぞ! あの魔王様を!! それ以上の理由は必要ない。魔王様を侮辱する者は、例え高魔の者たちでも俺は殺してやる、この手でっ!!」


 ゴブリン王は怒鳴り、肉から引き抜いた短剣を祭壇に突き立てた。その短剣は先ほど、ザビルの喉を刺し貫いたモノと同じ形状をしていた。

 あぁ、やっぱりコイツが短剣を投げたんだ。だけど、ここから扉まで25メートルはある。短剣投げに関しては凄腕なようだ。


 王の怒鳴り声に配下は委縮してしまったようだ。沈黙してしまっていた。

 そんな配下の様子を見て、ゴブリン王は態度を少し改めた。


「すまん、ゲヒール。お前は俺たちの今後の事を考えてくれているのだものな。怒鳴ってすまない。ただな、お前も知っているだろう? 魔王様の魔族柄は? 俺はあの方を尊敬している。だから、あの方を侮辱する者が許せねぇ……」


 王の言葉に、ゲヒールはハッと顔を上げた。


「謝らないでください、王よ! 俺は知ってます。王は俺たちの事を大事に思ってくれている。ここに来たのだって、ゴブリンの将来の為だ。王が魔王様を尊敬するように、俺も王を尊敬しています」


 どっかのスポ根ドラマかよ……。

 しまいにゃ、夕日を背に走り出すんじゃねぇだろうな。

 俺はゴブリン王のでっぷり太った腹を見て、その考えを改めた。あれじゃ、走れねぇか。


「よしよし、わかった。もう下がれ!……で、お前たちは誰を連れて来たんだ? 人間のようだが、伐士か?」 


 ゴブリン王はゲヒールに下がるよう命じると、俺たちの方に視線を投げかけた。

 1匹のゴブリンが前に進み出て、跪いた。


「いいえ、こいつは見た事もない種類の魔族です。町の外の【静寂の森】に潜んでおりました」


 配下の言葉に王は興味を持ったようだ。


「ほう。もっと近くで顔が見たい」


 王はその太い指を曲げて、こちらに来るよう促した。

 俺の横のゴブリンが背中を押して、王の前まで連れて行った。血の臭いがより強くなる。


「跪け!」


 俺を抑えているゴブリンが命令した。

 もちろん、素直に従う。


「あ!?」


 ゴブリン王の足下、祭壇と床の境目を真っ赤な血が流れていた。それは俺から見て右側、王から見て左側から流れてきていた。

 さっきまでは、ゴブリン王にばかり目がいっていて、そのうす暗い壁際を見ていなかった。


 血の源流は小高く積まれた死体から流れていた。みな屈強な男たちに見える。みな、赤い革製のジャケットを羽織っている。そのジャケットは背中の部分に、目の模様とクロスした2本の剣の紋章が縫い付けられていた。目の模様は壁の目と同じモノだった。


 俺がその光景に少し狼狽えていると、ゴブリン王が配下に尋ねた。


「どう見ても、人間にしか見えんがな。本当に魔族なのか?」


 その質問にゴブリンたちは一斉に答えた。


「俺の火球で火傷しなかったんです!」

「こんな変な格好の人間がいますかい?」

「黒い腕を出してました!」


 ゴブリン王が身を乗り出した。


「なにっ!? 黒い腕だと!!」


 王の驚きように、ゴブリンたちはさらに驚いた。


「は、はい。背中から黒い腕を2本出してたんですよ!」


 王は俺に視線を向けた。


「その黒い腕を、出してみろ」

「は、はい」


 俺は素直に従い、魔手羅を展開した。


「おぉ!!」


 ゴブリン王が感嘆の声を漏らす。

 他のゴブリンたちは不思議そうな視線を向けている。

 そんなゴブリンたちに王は命令した。


「お前たち、しばらく出ていろ。コイツと俺だけで話をしたい。あ、縄も解いてやれ!」


 お?

 こりゃ、どういう展開だ?


 王の命令に他のゴブリンちも戸惑っているようだ。


「え? しかし、こんな得体の知れないヤツ……」

「構わん! コイツは大丈夫だ! 俺の命令がきけねぇのか?」


 その言葉にゴブリンたちは首を振り、俺の縄を解いてくれた。


「ありがとよ」


 解いてくれたゴブリンに礼を述べた。

 そのゴブリンはキッと俺を睨んだ。魔手羅を使えば簡単に縄を解けたくせに、と言っているようであった。


 配下のゴブリンたちは不本意ながら、建物の外へと出て行った。

 ガシャンと扉が閉められる。


 建物内は俺とゴブリン王だけ……あと男たちの死体か。

 少しの間、沈黙が降りる。王は短剣で黒く焼けた肉を切り分けている。


 そして、王が言葉を発した。


「じゃあ、話を聞こうか、魔人殿」


 話?

 王直々に尋問するって事か? でも、それにしては縄を解いたり、配下を下げさせたりと友好的だな。俺を油断させる為だろうか?


「おっと、その前に腹ごしらえをさせてくれや! そうだ、お前も食うか? 人間のこの、何ていうか忘れちまった。とにかく、この柔らけぇヤツでこんがり焼けた肉を挟むと美味えんだ」


 ゴブリン王はそう言うと、食パンに似たモノに切り分けた肉片を挟み、俺に差し出した。

 俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。

 そういえば、この世界に転生してから何も食べていない。めちゃくちゃ腹が減っていたのだ。


「ほら、遠慮しねぇで食いな!」


 王がさらに誘惑してくる。


 俺は我慢出来なかった。受け取ると、一口食べてみた。何の肉かも聞かないで……。

 

 う、美味い!!


 食パンのようなモノはモチモチとした食感、こんがり焼けた肉からは汁があふれ出てくる。こりゃあれだ、豚の角煮まんじゅうみたいだ。

 

 俺はガツガツと食い始めた。

 異世界での俺の初めての食事は、ゴブリン王と死体の山に囲まれて行われた。まったく、どんな魔人生だよ。

 あ~あ、本当なら、初めての食事は若い女のお乳だったはずなのに、トホホ……。


 食い終わると、ゴブリン王はピッチャーから杯に水を注ぎ、俺に渡してくれた。

 俺は礼を言い、一口飲んだ。


「これ、本当に美味しかったです」


 俺がそう言うと、王は満足げに唸った。


「だろう? カザンオオムカデの肉は絶品だからな!!」


 俺は口に含んでいた水を盛大に吹き出した。


「おい! どうしたんだ?」


 カザンオオムカデ!? ムカデ!? あの虫の!


 ゲテモノすぎるだろ。俺の初めての食事、ゲテモノすぎるだろ。

 あぁ、若い女のお乳……。



 




 




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