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「俺たちは同じ魔王軍ではないのか?」

 水龍の痛みによる叫びはやがて怒りの咆哮へと変わっていた。

 彼女は新たな敵対者の方を睨み据える。


 にしても、水龍の血で視界が悪いな。


≪血界≫!!


 俺の周辺が赤く輝き、付着した水龍の血を綺麗に吸い取っていった。(この≪血界≫の仕組みについてはまた後で説明するね)


 これで視界良好だぜ。


「あ」


 また月光槍が飛んできた。しかも2本!


 水龍の方を見れば、鱗を逆立たせ、小刻みに体を振動させている。

 あの激流の魔鬼理を使う気だ。


 月光槍がミサイルみたいに飛んで来る。

 水龍はそちらに狙いを定めると、口から激流を吐き出した。

 鼓膜を破らんばかりの轟音。ナイアガラの滝のすぐ下にいたら、こんな激しい音を聞く事になるんだろうな。


 激流は2本の月光槍を飲み込んだ。

 さすが、街の一部を更地にした魔鬼理だ。月光槍は跡形も無く消し飛ばされた。

 だが、激流は止まらない。そのまま中央広場の方へと伸びていく。


「ちょ! 待って!!」


 あっちにはもしかしたら、ルシアンたちがいるかもしれないんだぞ!


 そんな俺の気など知らず、水龍は容赦なく激流を叩き込んだ。

 しかし、これまた驚いた事に、中央広場の方から突然巨大な炎の壁が出現しやがった。

 炎の壁は激流を受け止め、そのまま夜空へと蒸発させて行く。

 あの水龍の必殺魔鬼理が防がれちゃったよ!


 モクモクと立ち昇る蒸気。

 その中を切り裂くように再び月光槍が飛んで来た。

 槍は水龍の右前足辺りに命中。

 痛みに呻く水龍。だが、すぐに体を小刻みに震わせて激流を吐き出す。案の定、炎の壁が再度出現して激流を食い止める。


 水龍はその様子を見届けると、いきなり俺の方へと顔を降ろしてきた。


「うわっ!」


 まさか、俺に八つ当たりする気じゃ……。


 しかし、水龍はそんなつもりは無いらしく、俺ではなくチビ龍に目線で合図する。

 チビ龍は俺に視線を向けると、軽く鳴き声を発してズルズルと水龍の元へと這って行った。なんか、別れの挨拶っぽい。


 水龍は口を大きく開け、チビ龍がその口の中に入り込むと、口を閉じた。

 軽く俺に一瞥をくれると、さっさと湾内へと潜り込んで行った。

 中央広場のヤツには勝てないと知って撤退したわけだ。

 その大きな波紋が壊された水門の方へと向かっていく。


 街の最大の脅威が去ったのだ。



 にしても、一体何者なんだろう?

 まさか、尤者ファーストじゃ……。


 湾を挟んだ反対側、小ベネルの方が何やら騒がしい。

 火柱が上がったり、稲光がしたり、魚人どもの断末魔の叫びが聞こえる。

 やっぱり戦況が大きく変わる程の戦力が到着したらしい。


 この大ベネルにもやって来るかもしれん。

 その前にやっておかなければいけない事がある。


 俺は駆け出した。

 目的はスローンの遺体だ。

 ヤツが持っていた水報板とヤツ自身の顔を頂く。


 ちょっと道に迷いそうになりつつも、なんとかスローンの遺体の場所に辿り着いた。

 ヤツの光を失った目は大きく見開かれたまま宙を見つめている。

 首には大きな傷がザックリと開かれている。流れ出している血はまだ生々しい赤色だ。

 俺は溜息を吐きつつ、遺体の側を探り回った。

 目的の水報板はヤツの足の辺りに転がっていた。板にタッチすると中の液体に波紋が拡がる。


 うん、ちゃんと起動するな。


 次に俺はスローンの衣服を探った。

 何かしらの掘り出し物はないかなぁ。


 おや?


 ヤツの内ポケットからもう一つ別の水報板が出てきた。


 ほうほう、これはイイ物を見つけたぞ。

 俺は2つの水報板を懐にしまい、スローンの顔に向き直った。


≪形態模写≫!!


 頭の中にヤツの顔が焼きつく。

 これでいつでもスローンに変身できる。

 サイラス・セブンスとの駆け引きに必要だからな。


 よし、スローンの遺体にはもう用は無い。

 見つからないようにしないと。


 ってなわけで、俺は魔手羅でヤツの遺体を持ち上げて船着き場まで運んだ。

 適当に重石を括り付けると遺体を湾に沈めた。


 すまんな、スローン。

 君が死んだという事実は隠しておきたいんだ。


 闇の中に沈みゆく男を見届けていると、不意に人の気配を感じた。

 俺は咄嗟に建物の影に身を隠した。


 すると、足音と共に若い女の話し声が聞こえてきた。

 俺はコッソリと声の方に目を向けた。


「――ッ!?」


 思わず声を上げそうになる。

 だってそこにいるのは、ジーンキララ・ローリングだったからだ!


 なぜ彼女がここに? てか、ルシアンたちは無事なのだろうか?


 彼女は水報板を耳に当てて誰かと会話している。

 低く囁くような声だったが、鬼流で感覚を研ぎ澄ませているのでなんとか聞き取る事ができた。


「――えぇ、そうよ。水龍は逃げちゃったわ。まさか、フォースが駆けつけて来るなんて思わなかったもの」


 フォース!?

 水龍に傷を負わせたのはあのフォース伐士団長だったのか!

 でも、なんで王都にいるはずのフォースがこんな東南の街に……?


 そんな俺の疑問を余所に、ジーンキララは話を続ける。


「それでも水龍はこの街をめちゃくちゃにしてくれた。一応、計画通りでしょ?」


 計画!?

 って事はこの水龍襲撃はジーンキララが裏で動いていたのか?

 確かに貿易の拠点であるこの街を機能不全にまで崩壊させている訳だが。


「それはいいのよ。だけどね、魚人どもが参加するなんてあたしは聞いてなかったわ」


 彼女の声には苛立ちが感じられた。

 その時、


「ギョアアアアッ!!」


 彼女の背後から魚人が2体飛びかかって来た。

 ヤツらの鋭い爪が彼女の首筋に迫る。


 しかし、


「……鬱陶しい」


 ヤツらの体が宙で静止する。

 一方は腹を貫かれ、もう一方は頭をむんずと掴まれている。

 彼女の肩甲骨辺りから飛び出しているソレは間違いない、魔手羅だ。

 彼女の魔手羅は青紫色で、俺のよりも細いが、長さは10メートルくらいある。


 腹を貫かれている魚人は既に息絶えているようだ。彼女は魔手羅を振り回してその魚人は放り捨てた。

 そしてもう一方の魚人に顔を向けると、ソイツを思い切り壁に叩きつけた。


「ホント目障りな雑魚どもね! 愚かで醜い化け物!」


 ジーンキララは罵りながら、空いた魔手羅で魚人を突き刺す。


「さっき、何度魔手羅で切り裂いてやろうかと思っていたわ!」


 彼女は何度も魔手羅を突き立てた。

 そんな彼女の隙を伺っていたのであろう別の魚人が飛びかかって来た。

 しかし、彼女の背中からもう1本別の魔手羅が飛び出し、その魚人を切り裂いてしまった。


「あんたたちなんか、大海の主さえいなければ、底魔族にも劣る存在だわ。もっと、身の程を弁えるべきね……って、もう死んでるか」


 彼女は溜息を吐きながら、魔手羅を納めていった。


 3本だ。

 彼女は魔手羅を3本使える。いや、もしかしたらもっと出せるのかも……。


「……あぁ、ごめんなさい。魚人の残党が襲いかかって来たの……えぇ、大丈夫よ。周りに人間はいない――」


 残念、俺がいました。

 どうもキララちゃんは不注意なところがあるね。重要な情報をベラベラ喋っちゃうし。


「で、魚人どもに命令を下したのは誰なの? どうせアッチ側のヤツらの思いつきなんでしょ?」


 彼女はその白金色の髪を掻き上げて話を続ける。その目は辺りをキョロキョロと見回していた。何かを探しているようだ。


「えぇ、あぁ、そうなの。でも、あたしの計画だけで十分だったでしょ? 後は卵の始末をすればいい。誰もセブンスの人間に疑いを掛けないし、セブンスもあたしの存在に気づいていない。バレる心配はないわ」


 やっぱりこの襲撃はジーンキララが仕組んだモノだったのだ。ってか、ニュアンス的にセブンスの野郎は彼女に騙されていたのかね。

 しかし、話し相手は誰なのだろう? 将軍か?


「あぁ、でもね、あのアルティメットは計画の事について薄々と気づいていたみたいよ?」


 アルティメット!?

 俺の事やないか!

 彼女は俺の正体を知っていたんだ!


「彼はセブンスの部下を何度も見張っていたの。卵の取引について探っていたみたい……えぇ、だって養成所で水龍の卵について質問していたのよ? 彼は気づいていた。さすがにこの襲撃の事やあたしの存在には気づいてなかったでしょうけど……」


 ううっ!

 なんてこった。俺自身が彼女に見張られていたのか。気づかなかったよ。


「ねぇ、いっその事、彼を仲間に引き入れちゃわない? その方があたしはいいと思うな。結構彼の事、気に入ってるんだぁ」


 仲間に引き入れる?

 俺たちは同じ魔王軍ではないのか?


「――はいはい、わかってるよ。うん、しばらくは彼の事を見張ってる。って、今も彼がどこにいるかわからないのよねぇ。ひょっとして、今、この辺りに潜んでいたりして――って冗談だってば、彼は小ベネルかフィア区にいるはずだもの」


 残念!

 ここにいます。

 まぁ、さすがに水龍に吹っ飛ばされて大ベネルまで来たとは思わないか。


「えぇ、わかってる。そんな気はないよ。我らがボスは恐ろしいもの……うん、それじゃあね、パパ!」


 パパ!?

 なんか……めっちゃ卑猥に聞こえる。

 だってあんな美人のジーンキララがパパだなんて……なんともイヤらしい妄想が掻き立てられますねぇ、グヘヘへ。


 っと、俺が淫乱な妄想に耽っている間に、彼女なトコトコと坂を登っていく。

 さて、彼女を追いかけるか?


 答えはノーだ。

 だって、万が一気づかれたら俺には対処できない。

 彼女の力は未知だ。手数でも負けているし、どんな魔鬼理、魔奴ウを使うのかも不明。分が悪い。それにこれ以上有益な情報が得られるとは思えない。

 ここは彼女に気づかれないように立ち去る事にしよう。


 俺は彼女の気配が去った後、フィア区に向けて駆けだした。


 疑問は色々ある。

 だけど、後回しだ。

 今はとにかくルシアンたちが無事かどうか確認しよう。









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