「ゴブリン強ええぇぇ!! マジでヤバイな……」
「コンブッ! ワカメッ! ホンダワラッ!! モズクッ――」
俺は陽気に歌いながら森の中を歩いていた。
目指す町の方角は木の上でしっかり確認したから大丈夫だろう。
魔手羅は既に引っ込めておいた。モンスターと遭遇する可能性もあるけど、まぁ何とかなるでしょ。
始めはンパ様の姿が無くて心細かったけど、やっぱり1人の方がお気楽でいいや!
あぁ、町にはどんなご飯があるんだろうなぁ。楽しみだなぁ。服もどんな物があるんだろ? RPGの主人公が着ているようなのあるかなぁ。
まぁ、期待を膨らませていると、前方の木々の間に壁のようなモノが見えてきた。
「うへへへ! 町だぁ!」
俺はスキップしながら木々の間を駆け抜けた。だが……。
「ぎゃあああああ!!」
「やめてええぇぇ!!」
「おらぁ! 大人しくしやがれぇ、人間ども!!」
俺は森の端で立ち止まり、慌てて木の裏に隠れた。
複数人の悲鳴と怒声が聞こえてきたのだよ。
「なんだぁ?」
壁は俺が立っている場所から30メートル先にある。その間は丈の低い草が広がっていた。
長さは約200メートルくらい、高さは3メートルくらいかな。俺が生まれた村の壁と同様、コンクリートのようなモノで作られている。
ただし、違いが1つあった。
それは、俺の右前方辺りの壁が破壊され、中の様子が丸わかりな事である。
ぽっかりと口を開けた壁の中、男や女、若者から老人まで、数十人の人間たちが跪いていた。
そして、彼らを見張るように歩き回る数体の醜悪な怪物たち。
体型は人間と変わらない。だが、皮膚は赤茶色で、ところどころに吹き出物ができており、目は異様に小さく、耳は尖がっている。歪な形の唇からはギザギザに尖っている黄ばんだ歯が見え隠れしていた。
怪物たちは革の鎧を身にまとい、手にはそれぞれ剣や斧などの武器を携え、恐怖に震える町人たちをニヤニヤ笑いで見下ろしていた。
「……こりゃ参ったね」
とりあえず、現数力であの怪物たちの事を調べてみるかな。30メートル以上離れているけど、まぁ、実験もかねてね。
俺は怪物の1体に焦点に合わせて、現数力を行使した。もちろん小さい声でね。
「ポウッ」
怪物の体から青い文字が浮かび上がり、ステータスを表示した。
ふむ、距離があっても現数力は使えるんだな。
じゃあ、確認してみるか。どれどれ~。
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ザビル 25歳 オス レベル:20
種族:ゴブリン
【基礎体力】
生命力:150 魔力:70
攻撃力:120(+20) 防御力:100(+20) 速力:45
【魔鬼理】
・火球 消費魔力:5
・火纏爪 消費魔力:6
・集叫 消費魔力:10
【装備】
・手斧 攻撃力(+20)
・ムントルの革鎧 防御力(+20)
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ゴ、ゴブリン! こりゃまた、有名な怪物のご登場だな。しかも、結構強そうだなぁ。
魔鬼理は字的に火に関する力みたいだな。うーむ、熱いのは嫌だな。俺、猫舌だし……。
状況を推測してみよう。
今日まで、平和だったこの町に突然ゴブリンの集団が襲ってきました。人間の抵抗も空しく、ゴブリンたちは町を占領しましたとさ、ちゃん、ちゃん!
はい、終わり!
じゃ、退散しますかな。
俺が動き出そうとした時、首筋に何やら冷たいモノが押し付けられた。
それは見るも物騒な刃先。俺の首を掻っ切らんと微かに揺れている。
俺はゆっくりと後ろを振り向いた。そこには――
「よう、兄ちゃん! こんなとこで何してんだ?」
醜悪な顔のゴブリンがそこに立っていた。
ヤバイ事になった……。
目の前の光景に集中しすぎて、背後がガラ空きだったや。
俺はさり気なく周りを見回した。
幸いな事に、ゴブリンは目の前にいる1体だけのようだ。
「おっと! 妙な動きはするんじゃあないぜ? 間違って首を掻っ切るかもしれん」
「……わかった。抵抗しない」
「それにしてもお前さん、妙な格好だな? "伐士"ではなさそうだが……」
伐士? なんだそれ?
まぁ、それはいいや。今大事なのは、どうやってここから逃げ出すか?
おそらく、このゴブリンは俺がただの人間だと思っているはずだ。でなければ不用意に近づく事はあるまい。
つまり、魔手羅を使えば不意を突ける。もしかしたら戦闘不能にできるかもしれない。周りに仲間はいない。ただし、30メートル先の町のゴブリンが心配だ。助けを求められるかも……。いや、大丈夫だ。30メートルも距離があるのだ。しかも、俺は既に森の中にいる。逃げ切る事はできる。
「おら、ゆっくり立ちな!」
ゴブリンは刃先で俺の肩を叩き、立つよう促した。
俺はゆっくりと立ち上がった。視線は前方の町のゴブリンたちに注ぐ。大丈夫だ。こちらには全く気付いていない。
「じゃ、前に進み――」
俺はヤツが言い終わる前に行動を起こした。
≪出ろ≫!!
両方の魔手羅が肩甲骨の辺りから飛び出す。
握り拳にした魔手羅はゴブリンの顎を捕えた。ヤツは衝撃で仰け反りはしたものの、倒れはしなかった。さすがにスライムやモグラのようにはいかないか……。
俺はクルッと向き直ると、さらに追撃を加えようとした、だが、
「キャアアアアアアアアアア!!」
ゴブリンの口から、その容姿に不釣り合いな高音の奇声が発せられた。
「っぐ!」
俺は思わず耳を塞いだ。
なんだこれは!?
≪集叫≫
頭の中に言葉が浮かんだ。
って事はこれも魔鬼理か! 効力は……文字から何となく察せられるな。
集める叫び。
俺は叫ぶゴブリンを放って、全速力で森の奥へと走り出した。
ヤツの仲間が来る前に逃げ切らなければっ!
木々を避けながら走っていたのだが、突然、視界の右隅に赤いモノが映った。
「うおっ!」
立ち止った俺の前を火球が通りすぎ、木にぶつかった。歪な音を立てて木が燃え始める。
火球が来た方を見ると、数体のゴブリンがコチラに近づいていた。
クソっ! 潜んでやがったのか。俺の判断ミスだ。
俺はゴブリンたちとは反対の方向に走り出そうとした。すると、眼前が真っ赤に染まる。
迫る火球、咄嗟に魔手羅で庇うが、衝撃で地面に倒れ伏してしまった。
魔手羅は勝手に体の中へと戻っていく。
≪火球≫
頭の中に言葉が浮かぶ。
既に囲まれていたのか……。こりゃマジでヤバイ。
倒れ伏す俺の周りにゴブリンどもが集まってきた。
「こいつは人間じゃないぞ……こんな種族のヤツ知ってるか?」
1体のゴブリンが他の者に尋ねた。
俺が魔人である事がわからないらしい。
「いや、初めて見る。とにかく、王の元へ連れて行くぞ」
他の1体がそう答えた。
すると、数匹のゴブリンの手が俺を押さえつけ、縄で縛られてしまった。
ここは大人しく従うしかないだろうな。数が多すぎるわ。
ゴブリンたちは俺を前後左右挟むようにして歩いた。目指す先は例の町。
壁の穴の側に2体のゴブリンがいた。1体は壁にもたれ掛るようにして座っている。ソイツはしきりに顎を摩っていた、俺が殴ったヤツだ。もう1体はニヤニヤしながら、顎を摩るゴブリンを見ていた。
俺たち一団が壁の穴を潜り町に入る時、その2体と目が合った。1体は俺を不思議そうに眺め、もう1体の俺に殴られたゴブリンは憎しみの籠った目でコチラを睨みつけていた。なので、俺は爽やかな笑顔を返してやった。
町の中には、何十件もの石造りの建物が並んでいた。俺が生まれた村と同様の造りだな。ただし、コチラの方がより発展しているのはあきらかだ。
確か、ココの様子を探った時、何人かの人間が壁の穴のすぐ側に跪かされていたはずだが……。
下の地面に血痕が見える。嫌な想像をしてしまうなぁ。
俺たちは立ち止る事なく町の中心へと向けて歩いた。
町の中心。入った時から見えていた、白塗りのトンガリ屋根。おそらくそこに向かっているのだろう。
建物と建物の間の狭い通りを歩き、俺たちはやがて広場へとたどり着いた。右手には例の白塗りの建物が見えた。他の建物よりも大きく豪華な造りだ。
そして、広場中央には約100名程の町人たちが跪かされていた。その中には先程見た人間もいる。なるほど、ここに集められたのか。
そして、跪く町人たちの周りには50匹くらいのゴブリンどもが立っていた。それぞれ武装している。
俺たちは白塗りの建物へ向けて広場の端を歩いて行った。
時々、跪く人間たちと目があった。みんな絶望しきった顔をしている。無理もないか。
白塗りの建物まであと少しというところで、その建物の白い扉が開け放された。中から1体のゴブリンと1人の中年の男が出てきた。男の出で立ちは神父のソレに見える。ただし、全身真っ白な服は所々破け、薄汚れていた。男はゴブリンに首筋を掴まれ、乱暴に引きずられている。
ゴブリンは男を広場の方に向けて放り投げた。
放り投げられた男は痛みに呻き、自分に乱暴したゴブリンを睨みつけた。
「……こんな事をして、ただで済むと思っているのか! 今に"ヲイド"の裁きが下るぞ、下賤な魔物めっ!!」
男が怒鳴った。
そんな男をゴブリンは嘲るように見下ろしている。
「ヲイド、ヲイド、ヲイド、ヲイドォ! お前ら人間はいつもそればかりだな。で、そのヲイドの神はいつお前たちを助けに来るんだ?」
「貴様らなど、聖なる"奴ウ力"で八つ裂きに――」
「奴ウ力! その奴ウ力が得意な伐士どもはそこで死体になっている! お前もさっき見たばかりだろうが!」
悔しげに言葉を発する男の言葉をゴブリンが遮り、白い建物を指し示した。
一瞬の間。そして、
「だが……だが! 我らにはノーベンブルムのフォース様。そして至高なる尤者様がおられる! 我らヲイドの子らは決して負けることはないっ!」
男が熱狂的に叫んだ。その顔を勝利に輝かせて。
俺にはゴブリンどもよりもその男の方が不気味に感じられた、不思議とね。
そんな男を、ゴブリンが顔を歪ませながら睨みつけている。見るからに、おこですね。いや、カムチャッカ何チャラかも……。
「いやいや、お前はここで負けるんだぜ? あぁ、死ねよ」
ゴブリンは大きく息を吸い込んだ。
そして一旦息を止める。すると、小さい鼻の孔からプスプスと煙が出てきた。
まさか、あの野郎!
ゴブリンは火球を吐き出した、男に向かって。
恍惚とした表情をしていた男は一瞬にして火だるまとなった。男の絶叫が辺りに響く。
肉が焼ける音が周りに漂う。
その凄惨な光景に跪く町人の何人かは嘔吐していた。悲痛の叫びを上げる者もいる。
「あぁ! 奴ウ父様! 奴ウ父様ぁ!!」
そんな人々の悲痛な叫びをかき消す大声を、男を焼き殺したゴブリンが上げた。
「見ろぉ! 奴ウ力など、ヲイドなど恐れる必要なんかねぇ!!」
「うぉー!! うぉー!! うぉー!!」
他のゴブリンたちも大きな唸り声を上げた。俺を拘束しているゴブリンたちも、である。
町人たちはゴブリンの雄叫びに震えている。俺は俺で、しれっと逃げ出そうとしたのだが、もちろんすぐに首筋を掴まれて失敗に終わった。
まったく、下手な演劇を見せられている気分だ。うるせーたらねぇぜ。いっそ魔手羅で耳を塞いじまおうかな?
「そうさ! 俺たちにとっちゃ、人間なんぞ虫けら以下の連中だぁ! 俺たちは強えぇ! そうさ、今の腰抜け魔王よりも――」
熱弁を続けていたゴブリンの喉に後ろから短剣が突き刺された。白い扉の奥から投げられたのだろう。
ゴブリンは驚愕の表情で地面にくずおれた。
それを見た他のゴブリンたちは一斉に静かになった。
「その愚か者を片づけて置け!」
白い扉の向こうから、大きな声が響いた。