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「あ! そういや……ダンスのやり方、わかんねぇ」

 夜海の仮面2日目午後。

 この祭りのメインイベントの1つであるゴンドラレースがもうすぐ開催される。ちなみにもう1つのメインイベントは今夜行われる仮面舞踏会ね。


 開催場所はベネルフィア湾だ。

 外海と湾の境界である水門は、今はしっかりと閉ざされている。土奴ウで創り出された黒い壁が頼もしくせり上がっているのだ。当然、船の出入りはできない。それも明日までね。つまり、水龍の卵は既にこのベネルフィアに到着しているはずだ。なんせ、取引は今日なのだからな。


 さて、今俺はルシアンたちと共にベネルフィア湾に面した通りに来ている。そこには俺たちの他にも大勢の人々がレース観戦しようと集まっている。そのみんなが仮面を着けているのだから、事情を知らないヤツが見れば、さぞかし異様だろうな。

 その観客たちの視線の先、ベネルフィア湾に何十という手漕ぎの舟が一列に並んでいた。

 競技用のゴンドラは、速さ追及の為に改造されている。その見た目はほぼカヌーだ。


「なぁなぁ、ソニエさんはどこにいるんだ?」


 と、前方に立つルシアンに尋ねる。

 一列に並んだ舟を見回すのだが、彼女の姿は発見できなかったのだ。


「あん? ほら、あそこにいるじゃん。けど、これは予選だからな。ソニエさんは軽くながすと思うけど」


 なんだ。

 これはまだ予選なのか。


 俺は一列に並んだ舟の反対側、ゴールとされているヲイドのシンボルが彫られた壁面に目を向けた。噂では、その下にベネルフィアの守護者が眠っているのだとかね。

 その壁面の上にあるベネルフィア中央広場、そこには豪華な造りの天幕が備え付けられている。その下には、同じく豪華な椅子が何脚も置かれており、街の有力者たちが優雅に腰かけていた。当然エヴァやサイラスといったセブンス一族たちも座っているのだが、


「あれって、シックス一族じゃないのか?」

「シックスだって? わざわざ祭りを楽しみに来たのかな?」

「さぁな、俺が知るかよ」


 斜め前に立つ男たちが、天幕に目を向けて話し込んでいる。

 セブンスと同じ序数持ちのシックス。その一族の者があの場にいるらしいのだが、彼らが誰を指して言っているのかわからない。その場にいる有力者たちも仮面を着けているのでさらにわかりづらい始末だ。


「お、始まるみたいだぞ」


 というルシアンの声、それと同時に太鼓の音のようなモノが規則的に打ち鳴らされ、最後に一際大きく鳴らされる。それがスタートの合図らしい。選手たちは一斉に漕ぎ始める。

 観客たちの歓声と応援の声が湾内に響き渡った。



 ソニエさんは無事に予選を突破し、本選もブッチギリで勝ち進み、何年連続かは知らないが、今年も無事に優勝する事ができた。

 俺たちも彼女の勝利に喜びの声を上げたわけだが、特にダルグレン青年の喜びようときたら、まるで自分が優勝したみたいだったぜ。


 ゴンドラレースを終えた後は、まぁブラブラと街を練り歩いた。途中、水路を進む楽団の音楽に聴き入ったり、通りで行われている出し物を見学した。

 

 そして日が沈み始めた頃、俺たちはグウィン家にいた。

 この後行われる仮面舞踏会用の服を借りる為だ。ダルは自分の家で、クリスはエステルさんの所で着替えているらしい。


「これでよしっと!」


 ルミばあさんが満足げな声を上げる。

 彼女の視線の先には燕尾服のようなモノを身につけた俺とルシアン。

 ルシアンは灰色の、俺は黒色の服を身に纏っている。仮面はシンプルなハーフマスクに変更していた。


「わぁ、ありがとうございます! けど、いいんですか? 息子さんの服なんでしょう?」


 と俺。

 この燕尾服はルミばあさんの息子、つまりルシアンの父ちゃんの物らしいんだな。

 そんな大切な物を俺が借りていいモノだろうかね?


「構いやしないよ。ずっと衣装箪笥に眠らせておくのは可哀想だからね。服は着られる事が大事なんだから」


 と、ばあさんは笑みを浮かべている。

 まぁ、そういう事ならありがたく着させてもらおう。でも、汚さないようにしないと。


「ばあちゃんは舞踏会に参加しないのか?」


 とルシアンが問い掛けると、ばあさんは苦笑しながら首を振る。


「今さらダンスする歳ではないさ。私はここでゆっくりさせてもらうよ」



 そして、完全に日が沈んだ頃、小ベネル広場に多くの正装した人々が集まっていた。舞踏会の会場はここだけではなく、フィア区やセブンス区の広場でも行われる。

 男性は大体燕尾服、女性は華やかなドレスで着飾っていた。広場中に松明が灯され、一角には仮設の舞台が用意されており、そこには楽団が演奏の準備をしていた。雰囲気はバッチリだね。


「おまたせ~」


 という声に振り返ると、鮮やかな緑色のドレスを着たクリスと赤いドレスを着たエステルがいた。


「うわぁ! 2人とも綺麗だよ。なぁルシアン?」

「……ん? あ、あ? そうだな……」


 ルシアンは慌ててクリスから目を逸らした。けっ、見惚れてやがったな?


「えへへ、ありがと。ルシアンも似合ってるよ」

「……お、おう」


 顔を赤らめるクリスとルシアン。俺とエステルはニヤニヤしていた。


「あ、いたいた!」


 ダルがこちらに走り寄って来た。彼も黒い燕尾服を着ている。


「えーと、その、ソニエさんは、いないのかな?」


 愛すべきダル青年は憧れの女性を懸命に探している。


「おーい!」


 当の本人の声が離れた所から聞こえてきた。

 ソチラを向くと、淡い青色のドレスを着たソニエがコチラに近寄って来ていた。


「おぉ、ソニエさん、意外とドレス姿が様になってますね?」

「どういう意味だよ!」


 そんなソニエに見惚れているダル。

 あぁ、青春だな。


 だが、俺はいつまでもそんな雰囲気に酔いしれているわけにはいかんのだ。

 視線を広場の端に向ける。

 そこにはスローンとデズモンドの部下2人が立っていた。部下の1人は俺と背格好が似ている。もう1人は小柄だが、小太りだ。仮面を着けているが、現数力で調べればすぐにわかった。

 取引実行役のスローンがまだここにいる。

 まだ取引の時刻ではないってわけだ。


 とりあえず、ダンスしながら野郎を見張るとするか……。



 あ! そういや……ダンスのやり方、わかんねぇ。


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